ヴ(ォイ)ログ

音楽、機材、サカナクションの話

セルフPA入門~すべての軽音サークル・軽音楽部に捧ぐ~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【はじめに】

 

 この記事は、私自身の今までの経験や知識の蓄積を可能な限り閉じ込めるとともに、読んだ人が手順を覚えるだけでなく、自分で判断して行動できるようになるためのベースとなる情報や原則を得られるものになることを目指して書かれています。私は専門的な教育を受けた人間でもプロでもありませんから、情報の誤認など多々あるかと思われますので、すべてを鵜呑みにすることなく、あくまで参考程度にしていただければと思います。

 内容は敢えてかなり網羅的にしてあり、とても長いので、目次を参考にその時知りたいことやあまり自信のない部分だけ少しずつ読んでいただければ…

 実際にオペレーションを行う人でなくても、自分が出した音がどのようなプロセスを経てメインスピーカーから出力されているのかを知ることで、転換やリハーサルの円滑化、さらには自分の音作りにも役立てることが可能だと思っています。斜め読みでも、是非一度目を通してもらえればと思います。

 

 まず、PAとは何なのでしょう?PAは、公共伝達(Public Address)の略語です。ステージ上の音などを観客に届けることを指し、語義からすると音楽ライブに限らないものであるようです。ちなみに本稿が言う意味での音楽ライブにおけるPAは、海外ではSound Crewと呼ぶことが一般的であるとのこと。

 ここからは全くの私見ですが…PAは演奏者と観客とを繋ぐメディア(媒介者)です。ステージ上の演奏という情報を最も魅力的な形で観客に届けることができるかはPAにかかっています。そして、情報は、そのPA次第でいとも簡単に欠落し、或いは歪曲させられてしまう危険もはらんでいます。

 フェーダーを握る全ての皆さんには、その責任を常に忘れないでもらいたいと思います。あなたが取り扱っている電気信号は演奏者が努力と訓練を積み重ねた末に出力した演奏であり、観客が自らの限られた時間を使って聴きに来るほど待ち望んでいるものなのです。

 

 本題に戻りましょう。軽音サークルにおいて、外のライブハウスを使わないセルフでのライブを行う上でPAが関わるものは、

 

・設営(機材の搬入、設置、配線)

・リハーサル(各パートのサウンドチェック、全体バランスのチェック)

・転換(演者の入れ替えと機材セッティング。転換と簡易的なリハをまとめて行う「転換リハ」の形をとる場合が多い)

・本番でのオペレーション(主にミキサーの操作)

・撤収(配線を外す、機材の片付け、搬出)

 

 この辺りになるかと思います。読んだ後、この5つについての不安がなくなっていれば最高です。それでは、どうぞお付き合いくださいませ。

 

【第1章:機材について】

 

 まず、設営・PAオペレーションをする上で必要となる機材に関する知識を軽くまとめておきます。

 

〈信号の流れを知ろう〉

 ステージで演奏された音は、どこを通ってオーディエンスに届いているのでしょうか?ここでは以下の流れを示しておきます。

 

  • 楽器から音が出る
  • マイクやDIを用いて収音する
  • ミキサーで各パートのバランスを整える
  • A: (パワーアンプを経由して)メインスピーカーへ

    B: (パワーアンプを経由して)演奏者の足下にあるモニタースピーカーへ

 

 読み進める中で「今どこについての話してるんだ…?」と思ったらこのフローを見直してみてください。また、エフェクトボードを組むギタリストならわかる人も多いと思いますが、「楽器から出た音がどのような過程を辿ってアンプ/スピーカーから出るのか」を理解することは非常に重要です!これが頭に入っていると設営や撤収、トラブル時の原因特定もスムーズに行うことができると思います。

 

〈返し/モニターについて〉

 よく、「返し」「モニター」という言葉を耳にすると思いますが(おそらくこれを読むくらいの人は知っていることだとは思いますが)、返しもしくはモニターとは、演奏者が演奏のために自分の音、他のメンバーの音を聴くことを指します。モニター用のスピーカーは、演奏者の足下に置かれることが多いため、「コロガシ」と呼ばれることもありますね。ミキサーからモニタースピーカーには、メインスピーカーとは異なったバランスで音を送ることが可能です。

 適切なモニタリングは、パフォーマンスのクオリティに大きく寄与する大切な要素です。ボーカルを例にとると、自分の音をしっかり聴けること、また他のパートが聴こえることでキーをとりやすい…など。楽器陣を例にとると、自分の音をしっかり聴ける(モニタースピーカーを使わずに済めばより良いですが)と弾きやすい、またボーカルが聴こえると構成を間違えづらい…などなど。

 理想は、各メンバーにひとつずつスピーカーを用意できることですが、そんな潤沢な機材を持っているサークルはほぼないので、「ドラム横+ステージ前面に2~3個」が一般的な形になると思います。メンバーが5人を超えるステージではうまくやりくりしましょう…また、「できるだけモニタースピーカーに頼らない工夫」も大切になってきます。詳しくは4章「オペレーションの原則について」にて。

 

〈マイク、DIについて〉

 楽器の音をミキサーに送る方法として、

 

  • マイクで収音する
  • DI(ダイレクトボックス)にライン信号(まだ音になっていない電気信号)を入力する

 

の2つが考えられます。マイクは「空気の振動を電気信号に変換するもの」、DIは「信号のインピーダンスを下げるもの(インピーダンスについては後述)」ですね。つまりは、「ミキサーに送られる音は電気信号の形である」という原則があります。

 

ダイナミックマイク

 ライブで使うボーカルマイクや、ケーパースで持っている楽器用マイクのほとんどがこのタイプです。動作に電源が不要、衝撃や湿度にある程度強い、比較的安価である、などの特徴があります。

 

コンデンサーマイク

 私のサークルで使うものでは、ドラムの頭上に立てるオーバーヘッドマイクのみがこのタイプです。また、レコーディングで使われるボーカルマイクはほぼコンデンサーマイクです。動作に電源が必要、より繊細な音を収音できる、衝撃や湿度に弱い、比較的高価である、などの特徴があります。値段はピンキリなんですが…

 なお、マイクが空気信号を電気信号に変換できる原理について、気になる人は調べてみてください。ザックリ言うと、ギターのピックアップと仕組みはほぼ同じです。

 

・DI(ダイレクトボックス)

 主にキーボードやアコギ(アコギにはマイクを立てるケースもあります)、ベース、同期音源のPCなどからの信号をミキサーに送る用途で使います。(ベースはアンプの音と、ミキサーを経由したラインの音が両方出ているということですね。)インピーダンスを下げる(後述)ことでノイズに強い信号を作り、ミキサーまでの長距離伝送を可能にするための機材です。

 

〈ケーブル/端子の種類について〉

 オーディオ(音声)信号の伝送に使われるケーブルには、いくつかの種類があります。代表的なものについて、いくつか説明しておきます。

 

・フォンケーブル



 ギターのシールドでお馴染みの形のケーブルです。また、イヤホン用のプラグは、方式をこれと同じくしていてサイズだけが違う「ミニフォン」と呼ばれるものですね。(変換プラグがありますよね?)モノラル用のTSフォンとステレオ、もしくはモノラルのバランス接続(後述)用のTRSフォンに分かれます。それぞれ互換性はないので注意!また、TSフォン2本をLR用に振り分けてステレオ信号を作る方法もあります。

 ちなみにT,R,Sはそれぞれ別の信号を伝送できる個々の端子を指し、TSでは2種類の、TRSでは3種類の信号をやり取りできます。詳しくは「バランス接続」の項にて。

 

・キャノンケーブル



 マイクに繋がっているあのケーブルです。XLRケーブル、あるいは単純にマイクケーブルとも呼ばれますね。3つの端子を持っており、主にモノラルのバランス接続用に使われます。

 

・スピコンケーブル



 パワーアンプとスピーカーを繋ぐためのケーブルです。スピコンプラグは、接続部のロックが可能で抜けにくいことでよく使われる形式ですが、スピーカーケーブルの端はスピコンプラグに限らず、フォンプラグだったり、バナナプラグというものだったり、銅線剝き出しだったり、と様々な場合があります。パワーアンプで増幅した大レベルの信号で、ノイズの影響を受けにくいため、バランス接続の必要はないのだと思っています。

 

・マルチケーブル

 マルチボックスとも。これは沢山のキャノンケーブルを束ねてひとつにまとめたもので、片方の端はメス型端子の集まった箱、もう片方の端は沢山のオス型端子に枝分かれしています。

 ステージ上のケーブルを一旦すべてここに入力することで、ステージからミキサーに向かうケーブルを減らして見た目をスッキリさせる、あるいは事故やトラブルを減らすために使われます。マルチボックスの各ケーブルにそれぞれ振られた番号とミキサーのチャンネル番号を対応させて接続することで、「ミキサーのch1を操作するとマルチボックスの1番端子に入力された信号を操作できる」ようになります。詳しくは設営・配線の項にて。

 

 それぞれの場面でなぜ使われる形式が変わるのかについては、「抜き差しのしやすさ(或いは抜けにくさ)」「構造ができるだけ単純(それだけ製造が容易で安価)」「ノイズ耐性」などの指標が関係していますので、考えてみるのも楽しいです。

 

〈少し踏み込んだ用語解説〉

 ここまでで登場した、普段あまり聞かないであろう単語について、ここで一度まとめておきます。本来先にやるべき説明なのですが、一度「?」と思ってもらってからの方が脳に定着しやすいかな、と思い、ここに配置してみました。これを読んでから上の文に戻るとわかりやすくなる、はず…?

 

・モノラル/ステレオ

 音空間の次元のようなもの…でしょうか?1つの音がモノラル、2つの音をひと組にして左右の広がりを表現するものがステレオです。一般的なスピーカーやヘッドホンは、LRのふたつをひと組とするステレオ形式になっています。「モノラル信号をステレオ空間に配置」などもあるので、細かく言おうとするとややこしいのですが…

 また、さらに拡張したものをサラウンドと呼び、聴取者を囲むようにスピーカーを配置してより臨場感のある音像を実現したり、近年では上下の表現も可能な360 Reality AudioやDolby Atmosといった技術も登場しています。

 

インピーダンス

 電気抵抗のことを指します。(基準のない相対的な言葉ですが)「ハイインピーダンス」「ローインピーダンス」に分かれ————つまり抵抗の高い信号と低い信号とがあるということなのですが————「抵抗が高い→信号が流れにくい→信号レベルが小さい→ノイズが大きい」「抵抗が低い→信号が流れやすい→信号レベルが大きい→ノイズが小さい」という言い換えができると、理解が楽になるかもしれません。ステージからミキサーへの伝送はかなりの長距離で、その間にノイズが全く入らないというのは、不可能と言ってよいです。そこで、ステージ上で信号のインピーダンスを下げ、低ノイズの信号を作るものがDIです!「同じ音量のノイズが乗った時、ノイズの比率が相対的に小さくなる」というのが、ローインピーダンスがノイズに強いことの理由だと考えていいと思います。

 

・バランス接続

 キャノンケーブルやTRSフォンのモノラル利用で可能な、低ノイズでの伝送を可能にする形式です。ギターシールドに用いられるTSフォンでは、T(チップ)に音声信号を流し、S(スリーブ)を設地用のグランド兼外来ノイズのシャットアウト役として用いています(ノイズから守る盾=シールドという語源ですね)。対してバランス接続は、T(チップ)に音声信号、R(リング)に位相を反転した音声信号、S(スリーブ)の用途は上と同じ…という構造になっています。信号を受け取る側の機器には、TとRの位相を合わせてひとつの信号にまとめる機構が備わっていて、「もともと逆相だった音声信号は合成されて2倍のレベルになり、伝送の過程で乗ったノイズは片方が逆相になることで合成で打ち消される」という結果が得られます(ヘッドホンなどのノイズキャンセリングはこれと同じ原理で、搭載されたマイクで外界の音を拾って逆相の音をぶつける、ということをやっています)。マイクの音をローインピーダンスに変換しなくてよい理由はこれだと思ってよいのではないでしょうか(たぶんそうだと思うけど、あまり自信ないです)。

 

・ファンタム電源

 コンデンサーマイクやDIを使う際、ミキサーからケーブルを介して送られる、48Vの駆動電源です。回路上見えない電源であることから、「Phantom=幽霊」の名がついています。ミキサー側でこれをオンにしないと、DIやコンデンサーマイクを使うことができません!また、48Vと電圧が高いため、ファンタムをオンにした状態でのケーブルの抜き差しは、大きなノイズを伴い、耳や機材を痛めるのでご法度です。「ミキサーでチャンネルをミュート→ファンタムをオフ→ケーブルの着脱」の順で行いましょう(ケーブルを挿すときはこの逆)(ファンタムのオフは省略してしまう場合が多いですが…)。

 

〈ミキサーについて〉

 ざっくり言えば、字義通り「多数の信号のバランスを整え、ステレオLRの信号にまとめる」ものです。メインスピーカー用のLRアウトプットの他にも、モニター用のAUXアウトなど様々な出力も備えています。詳しい機能と使い方については、後の章で。

 

パワーアンプとスピーカーについて〉

 パワーアンプは、ミキサーなどから入力したラインレベルの信号をさらに増幅し、スピーカーを鳴らせるほど大きな信号を作るものです。スピーカーは、電気信号を空気の振動に変換するものですね。電源のついた卓上スピーカーなどは、パワーアンプの内蔵されたパワードスピーカーというものです。(逆についていないものはパッシブスピーカーと呼びます)(スピーカーに限らず基本的に電源を必要とするものはパワード/アクティブ、必要としないものはパッシブと呼びます。)ギター用のコンボアンプとスタックアンプの違いも同じことですね。

 私のサークルの環境を例にとると、メインスピーカーはパワーアンプを必要とするパッシブスピーカー、モニタースピーカーはパワーアンプを内蔵しているパワードスピーカーとなっています。〈信号の流れを知ろう〉にて(パワーアンプを経由して)と()付きで記述をしたのは、このように場合によるからです。もっとも、スピーカーに内蔵されているか否かは異なっていても、“機能としての”パワーアンプは必ず経由するわけですが…

 

ベリンガープロセッサーでできること、エフェクトについて〉

 私のサークルでは、BehringerのDEQ2496というマルチプロセッサーを使っています。これは、ミキサーのメインアウトプットからの信号をスピーカーや会場の特性に合わせて調節するための、様々な機能がまとまった機材です。主に使われるエフェクトについて説明しておくので、違う機種やあるエフェクトの単体機を所有するサークルの方も参考にしてみてください。

 DEQ2496の詳しい操作方法は「DEQ2496 manual」で検索してPDFを読んでください!!

 

・EQ(イコライザー

 ある周波数帯域の音を大きくしたり小さくしたり(ブースト/カット)するエフェクトです。Equalizerの名が示すように、元々は映画館において部屋の音響特性を補正し、原音に限りなく近い音を届けるために開発されたエフェクトです。大きく分けて、中心周波数の固定されたイコライザーが複数並んでいる「グラフィックイコライザー(グライコ)」と、中心周波数やQ幅を自由に設定できる「パラメトリックイコライザー(パライコ)」の2種類に分かれます。

 グライコは恐らくみなさんも見たことがある、小さなフェーダーがたくさん並んでいるような形のものです。どの帯域をどのように調節したかが視覚的にわかりやすいことが、「グラフィック」の所以です。筐体に書いてある周波数はあくまで「中心周波数」であり、周辺の帯域もある程度持ち上がったり下がったりして自然な山型を描くように設計されています。

 パライコは、「中心周波数」「Q幅(山の大きさ→どれだけ中心周波数の外側にも影響を及ぼすか」「ブースト/カット量」を全て任意の値に設定できるもの(Q幅を操作できないものもパライコとは呼ぶ)です。グライコに比べ、より狙った帯域をピンポイントで突けるので、「全体のサウンドへの影響を可能な限り抑えながらハウリングを起こしている帯域だけをカットする」といった使い方が代表的です。

 

・コンプレッサー

 設定したレベルを超えた音を小さくすることで、入力音の音量差を埋めるエフェクトです。卑近な例では、「ベースの演奏やギターのアルペジオなどの粒立ちを揃えるため、強くピッキングした部分の音が潰れるようにコンプをかけた上で、全体のレベルを持ち上げることですべての音を均一なレベルに近づける」といった使い方がされますね。PAにおいても、ドラムやボーカルなどのアタック(発音時)などのピーク(瞬間的に音が大きくなること)を少し抑えることで、ハウリングを抑えながら全体のレベルを上げる(音圧を上げる、という言葉は主にこれを行うことです)、また、パワーアンプやスピーカーへの過大入力を防ぐことでクリップ(ここでは意図せず音が歪んでしまうことの意味で使います)や回路へのダメージを防止する、などの用途で使われています。

 

 続いて、コンプレッサーの主なパラメータについて説明します。

 

スレッショルド

 「このレベルを超えた音を圧縮する」というしきい値です。0dBを基準に、スレッショルドレベルが下がるほど、圧縮される音の成分が増えます。

 

・レシオ

 スレッショルドレベルを超えた音をどれだけ圧縮するかを決めるパラメータです。モデルによっては、レシオを上げ切るとスレッショルドを超えた音は一切出力されない、いわゆるリミッターの動作になりますね。

 

・アタック

 「信号がスレッショルドレベルを超えてから、レシオで指定した圧縮率に到達するまでの時間」を調節するパラメータです。PAにおけるピークのリミッティングでは、アタックタイムを長くする必要はありませんが、楽器やボーカルの音作りとしてのコンプではとても重要な要素なので、詳しく知りたい方は調べてみてください。

 

・リリース

 アタックの逆で、「一度スレッショルドレベルを超えた信号が再びスレッショルドレベルを下回ってから、コンプの圧縮がなくなるまでの時間」です。これもPAにおいてはあまり重要ではありませんが、積極的な音作りとしてのコンピングにおいては、演奏のグルーヴを左右する重要なパラメータになります。

 

 

【第2章:設営、配線、撤収について】

 それぞれの手順について、意識すべきことを示しながらまとめていきます。

 

〈設営〉

 学祭などの場合まず待っているのは、ステージ作りです。とにもかくにもステージが無いと機材を配置できないので、真っ先に行いましょう。人や機材が乗り大きな負荷がかかるので、強度の低い資材の使用や雑な固定は禁物です。

 続いてスピーカー、アンプ、ドラムセット、マイクスタンドなど、使用する機材をステージ上に配置します。並行して電源の確保を行いましょう!各アンプに行きわたるように、またステージのどの位置にいてもエフェクターに給電ができるように、使う電源タップの数と配置をよく考えましょう。

 次にPAがオペレーションを行うポジションを決め、ミキサーやパワーアンプなどを配置します。可能な限りステージの真正面にPAブースを作るようにしましょう。これは、ステージ正面から聴いてバランスの良いサウンドが、どのポジションで聴いても破綻しない最大公約数的なサウンドである場合がほとんどだからです。

 ドラムセットの組み立てには時間がかかるので、機材を会場に搬入する際はドラムから先に入れてあげると良いです。組み立てられるドラマーの確保をお忘れなく!

 

〈配線〉

 はじめに、配線の原則は「ステージの周囲や下に回して、ステージ上に出る部分を極力減らす」ことです。これは見た目や整理しやすさの問題もありますし、人に踏まれることによるケーブルの消耗や断線を防ぐためにも、非常に重要なことなので、徹底しましょう!ステージとPAブースの接続など、他の場面においても可能な限り踏まれることの少ない配線を心がけましょう。

 では実際の手順について。

 まず、設営と並行してPA機材同士の接続を済ませておくとスムーズです。ミキサーからパワーアンプ、あるいはセンドエフェクト用のラックエフェクターを接続します。前者はミキサーの「MAIN OUT」「MASTER OUT」「STEREO OUT」などの記載がある端子、後者は「AUX」と記載のある端子から、目的の機材のインプット端子へと接続します。ミキサーとマルチボックスの接続も済ませておきましょう。ボックスはステージの中央(ドラムの前後がオススメ)に置きます。

 ステージ上に機材を配置することができたら、パワーアンプとメインスピーカー/モニタースピーカーの接続を行います。LRや、モニター番号(あらかじめ決めておくとスムーズです。下手側/向かって左から1,2,3…と振っていくことが多いです、マイクについても同じく)とミキサーのAUXチャンネルとの対応に間違いのないように注意しましょう!同時進行せず、1本ずつ確かめながら接続するようにすると良いです。

 スピーカー類の接続が終わったら、一度キチンと接続できているかチェックを行います。ミキサーに適当なマイクを接続し、ミキサーやパワーアンプのボリューム操作でメインスピーカーL、メインスピーカーR、番号順にモニタースピーカー…とひとつずつ音を出していきます。ボリュームを上げたはずの場所から音が出ればOKです!(音が出ないときの対処については4章にて)

 続いてマイクとDIをマルチボックスに接続していきます。これも、ミキサーのチャンネル番号が若いものから順番に、周囲を回す原則に従って接続していきましょう。(ミキサーのチャンネルの割り振り方については後述します)

 すべて接続できたら、ミキサーを触る人の他にもう一人用意して、番号順にマイクに向かって声を出してもらいましょう。目的のチャンネルのフェーダーを上げて音が出ればOKです。DIに関しては何らかの楽器を接続してチェックできると良いです。(楽器をDIへ接続する時は必ずミキサーのチャンネルをミュートすること!)コンデンサーマイクとDIはミキサーからファンタム電源が供給されていないと動作しないので、全てのチャンネルをミュートした状態でオンにすることを忘れずに。

 全てのスピーカー、マイク、DIが正しく接続できていることが確認出来たらトップバッターのバンドをステージに上げてリハーサルを始めましょう!リハの詳細については4章にて。

 

〈ミキサーのチャンネルの決め方〉

 どのチャンネルにどの楽器を接続しているかがわからないと、本番のオペレーションに大きく支障をきたすことになります。使うミキサーに既にチャンネル構成のメモがあればほとんどの場合それに従ってもらって構いませんが、よそから借りた場合などそれではうまくいかない場合もあります(ホーン隊のためにマイクを使いたいのにそれを前提としたメモになっていない、など)。ここではチャンネルの振り分けが明快になる原則について、完全に私見ですがまとめておきます。参考になれば幸いです。

 

  • PAシートを基に必要になるマイクやDIの最大数を把握し、使うチャンネル数を決める。

 出演する各バンドからは事前にPAシートをもらっておくようにしましょう(PAシートについては4章にて)。PAシートに書かれたパート構成から、必要なマイクの本数をまとめていきます。最も複雑な構成のバンドに合わせ、使用するミキサーのチャンネル数を決定していきましょう。

 また、ミキサーのチャンネルが足りない!という時は妥協の手段を考えましょう。私が今パッと思いつくのは、「サブミキサーを使用する(小さめのミキサーを持っている部員がいれば、そのミキサーであるパートの信号をまとめたうえでメインのミキサーに入力することでチャンネル数の拡張が可能)」「ドラムを収音するマイクを減らす(タムやハイハットに個別に立てるマイクを削り、オーバーヘッドマイクだけで賄う)」「ギターアンプにマイクを立てない(レベル設定を適切に行えば、必ずしもミキサーから出力する必要はないため)」「ホーンやコーラスに、複数人で1本のマイクを共有してもらう(最後の手段)(感染対策を考えてもできるだけ避けたい)」などです。

 

  • パート毎に連続した番号をまとめて用意する。

 例えば、キック用のマイクとスネア用のマイクとオーバーヘッド用のステレオペアのマイクは1~4chにまとめておく、など。ミキサー上を「ドラムのゾーン」「ボーカルマイクのゾーン」「ギターのゾーン」「DIのゾーン」などと分割していくようなイメージです。

 

  • ミキサーの機能上の制約との兼ね合いを考える。

 一部のチャンネルにしかコンプがついていなかったり、ミドルのEQがパライコではなく2バンドのグライコになっているチャンネルがあったりと、チャンネルによって持っている機能が違うことがあります。例えば私のサークルで持っているミキサーは17~20chにしかコンプがついていないので、その4chにボーカルマイクを接続して使っています。コンプがあると便利な入力ソースの優先順位について、私は「ボーカル>キック>スネア>ベース>その他」と考えているので、環境によってご参考に。

 

  • 同じパートにおいて、PA側からみて左から若い番号のチャンネルが並ぶようにする。

 単純に「そう決めておくと混乱しないから」です。また、本番中のメンバーの入れ替わりや転換などの際に演奏者が勝手にマイクを動かして配置を崩してしまう場合があるので、転換の度にチェックしましょう。よその団体からの借り物でなければ、マイク側にもシールやガムテープなどを貼って番号を振っておけると完璧です。

 

 以上を踏まえて、ひとつの例として私のサークルで私が採用していたチャンネル構成を示しておきます。チャンネル構成を決めたら、ミキサーに養生テープなどを貼ってメモしておきましょう!

 

1.キック

2.スネア

3.ハイハット

4.ハイタム

5.ロータム

6.フロアタム

7.オーバーヘッドL

8.オーバーヘッドR

9.ベース

10.ギター

11.ギター

12.ギター

13.DI

14.DI

15.DI

16.DI

17.ボーカルマイク

18.ボーカルマイク

19.ボーカルマイク

20.ボーカルマイク

21/22.ラックエフェクター用のリターンチャンネルA(主にディレイ)

23/24.ラックエフェクター用のリターンチャンネルB(リヴァーブ)

※21/22、23/24chはライン入力専用のステレオペアチャンネル

 

 私のサークルはホーン隊もいなければコーラスの複数いる企画も少ない、でもシンセが複数いる場合や同期音源をDIから出す場合はあったりするので、このような構成にしています。ポップスやブラックミュージック(きわめて乱暴な括り方ですが便宜上のことなのでご容赦ください)なんかを演奏するサークルの場合、ギターが3本いる企画やDIを4つも使う企画はほぼ無いと考えられるので、その分マイクを増やしてホーンやコーラスに対応すると良いかもしれません。まあ、そういうサークルは大抵30chくらいあるミキサーを用意している印象ですが…

 

〈撤収〉

 すべての演奏が終了し、観客をフロアから出し終えたら、撤収のスタートです。

 まずはステージ上、及びPAブースの全ての機材の電源を切り、電源/オーディオ問わず全てのケーブルを抜ける状態を作りましょう。その後は、

 

  • ステージの解体ができるよう、ステージ上から機材やケーブルをどかす。
  • ステージを解体する。
  • ケーブルを巻き取り、種類ごとにまとめる。
  • すぐに運べる機材(スピーカーなど)に関しては手がある限り早めに動かす。運搬車の到着を待つなどの必要がある場合は、“運ぶだけ”の状態になったものを溜めておく場所を決めておく。
  • マイクやミキサーなどケースに収める必要のあるものは、ケースに収めて④に準じる。
  • 使用した部屋の清掃。
  • 荷物をまとめ、部屋を空ける。

 

 以上が基本の流れになります。時と場合によって並行できるものもありますので、手持ち無沙汰な人員が生まれないよう全体に気を配れる人がいると良いですね。

 

【第3章:ミキサーの機能について】

 

 ミキサーを触っていてわからないスイッチやつまみがあったらここを見れば解決する…はずです。気づいた範囲で網羅的にまとめました。

 

〈GAIN、PAD、ローカット〉

・GAIN

 各チャンネルの入力レベル(=チャンネルに搭載されたプリアンプの増幅率)を決めるものです。ここで各チャンネルの入力レベルを揃えることで、フェーダーのバランスと実際のバランスが一致するため、オペレーションが楽になります。また、ゲインを上げ過ぎると過大入力で信号がクリップして(歪んで/割れて)しまうので、ソロ/PFL機能(後述)を用いてしっかり管理しましょう!

 

・PAD(右の図にはありませんが…)

 GAINの手前で、信号レベルを20dBカットして小さくしてくれるものです。キックやスネアなど生音が非常に大きい入力ソースは、GAINを最小にしていてもクリップしてしまう場合があります。そのような時にはこのスイッチを使うことで、過大入力を防ぐことができます。逆に、「なんかこの音が聴こえないと思ったらPAD入ってた…」という事故が起きがちなので、注意!

 

・LOW CUT

 多くの場合、80Hz以下(稀に100Hz以下の場合もあり)の帯域をカットしてくれるスイッチです。キックやタム、ベース(シンセベースも含む)以外の入力ソースではここまでの低域は必要ないことが多く、出ていたとしてもキックやベースと被ってしまったり、或いは本来ボーカル用のマイクがキックやベースの生音を余計に拾ってしまったり…という不都合が生じます。このスイッチで不要なローをカットすることで、帯域の棲み分けをスッキリ行うことが可能になります。ギターで低音を聴かせたい場合でも、ここでカットされる帯域はベースなどに譲って120~200Hzを強調した方が、効果的な場合が多いです(多弦ギターの場合はこの限りではないかもしれないです)。

 

〈INSERT〉

 この端子にY字のフォンケーブルを接続することで、GAIN・ローカットを通過した後の信号に任意の外部エフェクターを適用することができます(キックに個別のコンプを使ったり、EQやサチュレーターをかけたり…)。正直サークルのライブで使うことはほぼ無いですが、とても便利な裏技をひとつお教えしておきます。「インサート半挿し」です。詳しい仕組みの説明は省きますが、これを行うと、フェーダーの操作に影響されない一定のレベルの信号を取り出すことができます。ライブの演奏を並行してMTRなどに録音して後でミックスしたり、任意のチャンネルの音を別のミキサーに分けてエフェクトをかけることでリアルタイムのダブ処理が可能になる(某サークルはこの方式でダブワイズを行っているようです)など、覚えておくと可能性が広がる機能なので、余裕があればぜひ。

 

〈コンプ、EQ(シェルビング、ピーキング、パライコ)〉

 コンプやEQについては既に述べたので、EQについてさらに踏み込んだ解説を付け加えておきます。グライコにもふたつの種類があり、それぞれ効果が異なるので興味がある人は覚えておきましょう!DTMにも役立ちます。

 

 シェルフ(棚)の名の通り、設定した周波数をきっかけにグラフが段を描くようなイコライザーです。ミキサーではlowとhighはシェルビングになっていて、私のサークルで持っているミキサーの例を借りると、lowでは100Hz以下、highでは10kHz以上の帯域を(ほぼ)均一にブースト/カット可能です。

 

  • ピーキング(ベル)EQ

 シェルビングに対して釣り鐘のような形を描くことからベルEQと呼ばれることもありますが、用途からピーキングEQと呼ばれるのが一般的です。設定した周波数を中心に上下の帯域を巻きこみながらブースト/カットできます。ミキサーのmidつまみは多くの場合「パラメトリックのピーキングEQ」ですね。

 

〈AUX、センドリターンとプリ/ポストフェーダーの概念について〉

 各チャンネルについているAUX(Auxiliary=予備の)アウトプットつまみは、「フェーダーによって作られるメインアウトプットとは異なるバランスのミックスを作る」ことができるものです。主に演奏者向けのモニタースピーカーから出す音のバランスを調整したり、PA側でリヴァーブなどのエフェクトをかけるために使われます。後者においては、エフェクトのかかった信号をミキサーに戻す(リターン)ことで、各チャンネルのドライな音にエフェクト音を混ぜることができます。

 

・モニターへのセンド用途

 目的のスピーカーへ接続されたAUXチャンネルのつまみを上げることで、上げた分だけそのスピーカーに目的の信号を送ることができます。(例:ボーカルの前にあるモニターに、ボーカル自身の歌の信号を返す)

 モニター用途の場合、AUXアウトから出力される信号はプリフェーダーです。プリフェーダーとは、「信号が該当チャンネルに入ってから出るまでの流れの中で、フェーダーを通過する前の状態」のことです。言い換えると、プリフェーダーの信号は「出力レベルがフェーダーでのレベル設定に影響されない」ということになります。演奏中、オーディエンスが聴いているメインミックスの中でボーカルを少し小さくしたとしても、モニターへ出力される信号のレベルは変化しないということですね。

 

・センド/リターンエフェクト用途

 ミキサーに搭載されたエフェクター、或いは外部のエフェクトユニットに接続されたAUXチャンネルのつまみを上げることで、その分だけあるチャンネルの信号にエフェクトをかけることができます。モニターと違うのは、エフェクターを通過した信号を再びミキサーにリターンすることです。エフェクトの強さは、エフェクト自体の設定に加えて、各チャンネルの信号と、エフェクターから戻ってくる信号のバランスを調整することで設定します。リターン用の端子が搭載されているミキサーもありますが、ない場合はミキサーのチャンネルをリターン用に使うことで賄います。

 センドエフェクト用途の場合、AUXチャンネルから出力される信号はポストフェーダーです。これはプリフェーダーの逆の挙動、つまり「出力レベルがフェーダーでのレベル設定に対応して変化する」ということになります。演奏中にボーカルのレベルを下げるとそれに伴ってAUXチャンネルに送られる信号も小さくなる、“そのチャンネルにおける原音とエフェクト音のバランス”は維持されるということですね。

 

 ある程度の規模のミキサーは、

・プリフェーダー固定のAUXチャンネル×2、ポストフェーダー固定のAUXチャンネル×1、プリ/ポストフェーダーの切り替えが可能なAUXチャンネル×1

・プリフェーダー固定のAUXチャンネル×2、プリ/ポストフェーダーの切り替えが可能なAUXチャンネル×2、内蔵エフェクトへのセンド用もしくは外部への出力が選択できるポストフェーダー固定のAUXチャンネル×2

という構成を採っていることが多いです。逆に言うと、もしサークルでしっかりしたミキサーを買う機会があったらこのどちらか(できれば後者)を満たすものを買うようにすると不便が無いと思います。

 

〈PAN〉

 ステレオ空間における音の定位、つまり「LのスピーカーとRのスピーカーの出力バランス」を設定するつまみです。直感的に使えると思うので、説明は省きます。

 

〈MUTE、SOLO〉

・MUTE

 「ミュートのスイッチ」である場合と「チャンネルのオン/オフスイッチ」である場合とがありますが、総じて「そのチャンネルの信号を出力するか否か」を決めるものです。ミュートの状態では、メインミックスにもAUXチャンネルにも信号は送られません。

 

・SOLO/PFL

 「PFL(Pre-Fader Listening)」という名前の場合もあります。これをオンにすると、ミキサーに接続したヘッドホンからソロがオンになっているチャンネルの音だけをプリフェーダーで聴くことができます。演奏中でも個別の音をチェックできるほか、レベルメーターも該当するチャンネルのレベルだけを示してくれるので、GAINつまみの調整にも重宝します。詳細は「オペレーションの原則について」内「リハーサル」の項にて。

 

〈フェーダー、ルーティングスイッチ〉

・フェーダー

 各チャンネルのレベル(音量)を調整するものです。これもわかりやすいと思うので省略します、上げ過ぎによるクリップにだけ注意!

 

・ルーティングスイッチ(1-2, 3-4, LR)

 各チャンネルの出口を選択するスイッチです。メインアウトとグループトラック(次項で説明)への出力をそれぞれオン/オフすることができ、すべてオフになっている場合はミュートされていなくても音が出ないので注意しましょう。

 

〈グループトラックについて〉

 メインアウトとは別に、複数のチャンネルの信号をまとめて調整することができるものです。バストラックと呼ばれることもありますね。私が行っているのは、ドラムの各キットのチャンネルをまとめたグループと、ボーカルとコーラスをまとめたグループを作ることです。(具体的には、ドラムをグループ1-2のステレオトラックへ、ボーカルとコーラスをグループ3-4のステレオトラックへ、その他のパートは直接メインアウトへルーティング)

 前者の例を用いると、これを行うことで「各チャンネルのフェーダーではキット間のバランスを、グループトラックでは“ドラム”全体のレベルを調整する」といったことが可能になります。グループトラックを理解して使えるようになれば初級編は卒業と言えるのではないでしょうか?

 

〈メインアウト、ヘッドホンアウト、トークバック〉

・メインアウト /マスターアウト

 オーディエンスに届けるメインスピーカーへ送る信号のアウトプットです。パワーアンプに送る信号のレベルを調整するものなので、これもクリップに注意しましょう。

 

・ヘッドホンアウト

 ソロスイッチの項でも触れましたが、メインアウトから出ている信号もしくは選択したチャンネルの信号をチェックするためのヘッドホンを接続する端子です。以上。

 

トークバック

 ミキサー=PAからマイクで話すための端子です。モニターにだけ出力することができ、リハ時のバンドとのコミュニケーションを円滑にし、かつオーディエンスには目立って聴かせないことができる便利なものなので、活用しましょう!

 

【第4章:オペレーションの原則について】

 

〈事前準備: PAシート〉

 欲を言えば前日、遅くとも当日朝までに、出演する各バンドの代表者にPAシートを作成してもらいましょう。PAシートには、

 

・メンバーと楽器の構成、ステージ上の配置図

・使用アンプや持込機材(キーボード、パーカッション、アコギなど)の種類と数

・MCも含めた楽曲順と、各楽曲のおおよその演奏時間

・各楽曲におけるメンバー構成(コーラスの有無やギターの本数など、曲ごとに変動するもの)(ギターの持ち換えやチューニングの変更なども)

PA側でかけるエフェクトの要望(ボーカルに深めのリヴァーブを、程度でも良いですし、「ディケイが1小節程度のホールリヴァーブと、16分以下のショートディレイ」のようにもっと細かい指定をしても良いです)

・その他全体の音像や楽器ごとのバランスに関する要望(この曲はとにかく歌を聴かせたい!や、キーボードのフレーズを目立たせたい、など、“主役”のパートを提示してもらえるとPA的に助かります)

・(環境がある場合)照明への要望

 

といった情報が書かれていることが望ましいです。少なくとも、はじめの4つに関しては必ず事前に共有してもらっておきましょう。これを怠ると、いざ本番を迎えた時にマイクが足りなかったりDIが足りなかったりケーブルが足りなかったり…ということが起きてバンドの希望に添えない可能性が出てきてしまいます。

 リハーサル、及び本番はこのシートの内容を基にオペレーションを行いましょう。そして、言及されていない部分に関してはPA自身の責任で好きなようにして構いません。(くれぐれもPAの好みではなく、楽曲やバンドに寄り添ったオペレーションを!)

 

〈リハーサル〉

 リハーサルには大きく分けて2種類あります。本番前に全てのバンドのリハーサルを行うパターン(外のライブハウスを借りた時を思い浮かべてください)と、本番中の転換と小規模なリハーサルをまとめて行う「転換リハ」のパターンです。軽音サークルが自前で行うライブはほとんどが後者だと思いますので、以下ではその想定で説明をしていきます。

 リハーサルは、各楽器のサウンドチェックと外音のバランス、並びにモニターバランスのチェックを目的としています。手順ごとに見ていきましょう。

 

 該当するパート以外の人に一度音を止めてもらい、個々の信号のゲイン設定と(この段階で必要であれば)イコライジング、仮のモニター設定を行います。

 ゲイン設定は、「該当するチャンネルをミュートし、フェーダーも最小値に設定→該当するチャンネルのソロスイッチを押してミキサーのレベルメータ―が該当するチャンネルのレベルのみを表示するようにする→音を出してもらい、音の一番大きい瞬間でレベルメーターが0dBを越えないギリギリまでゲインを上げる→ミュートを解除し、フェーダーを適切だと思われる位置まで上げる」という手順で行います。

 イコライジングは、この段階では補正的なものではなく、積極的な音作りを意図したもののみ行うと良いと思います。(各パートの被りなどはソロで鳴っている時には見えないため)具体的な例を挙げると、キックのアタック感やスネアのふくよかさなど…このあたりは経験を積む中で色々勉強してみましょう。私の経験則に基づく目安は後のセクションで残しておきますが、それを参考にする場合でもあくまで自分の耳を優先すること!

 また、例外的にこの段階で行ってしまった方が良い補正的なイコライジングがローカットです。キック、フロアタム、ベース、ベース的な役割のシンセを除くすべてのパートはローカットスイッチをオンにしてしまいましょう。これは上述したように、パート間の被りによるマスキングの防止と(ジャンルによってはギターのローを強調したい場合もあるかもしれませんが、その場合でもほとんどは100Hz以上の設定で賄った方がベースとの棲み分けの観点からも良いと思います)、不要な低域のフィードバックの防止が主な目的です。

モニター設定に関しては、手短な説明が難しいので、主な説明は次項に譲ろうと思います。

この段階では基本的に「ステージ上にアンプがない楽器を、演奏者自身が快適に聴くことができるだけモニターに返す」を行っておけば充分です。また、ドラマーのモニターにはボーカルとキーボード、ベースを返しておくのが無難ですが、その他欲しい音や要らない音についてこの段階で要望を聞いておきましょう。

 

・ドラム

キック→スネア→ハイハット→タム各種→全体の順で音をもらってチェックしていきます。キットの音量バランスや音作りの方向性はこの段階で決めてしまうつもりで。

また、サークルのライブ程度でしたらドラムの音作りを厳密に切り替える必要は必ずしもないので(要望があれば別ですが)、はじめのバンドのリハでキットの音を個別にもらって基本的な音作りを済ませてしまって以降のバンドは「全体の音だけをもらい、個人の叩き方の差を埋めるゲイン設定の見直し(特にキックとスネア)のみ行う」ことにする、という時短の方法があります。

・ベース

 スラップなど、突発的なピークが出やすい楽器なので、ゲイン設定には注意を払いましょう。音量が変わるような音色のバリエーションがあるか質問してその音もチェックしておきましょう。

 

・ギター

 エフェクターを使用することが多く、音色の変化が大きい楽器です。すべての音色をチェックする時間がない場合は(ほとんどの場合ないと思います)、「基本の音色」と「一番音が大きくなる音色」の2種類をもらってゲイン設定をしておきましょう。

 

・キーボード、アコギなどDIに入力する楽器

 ゲイン設定(音色のバリエーションなど)についてはギターに準じます。生音が存在しない楽器なので、この段階で演奏者がきちんとモニターできるよう気を配りましょう!

 

・ボーカル、木管/金管楽器、ヴァイオリンなどマイクで収音する楽器

 ゲイン設定は“曲で使う範囲で”最も大きな音量を出してもらいましょう。(本番のテンションで往々にして変動するので、本番中も気を配っておくこと)

 ボーカルやヴァイオリンの場合、生音がドラムやギターにかき消されるので、しっかりモニターシグナルを出したいところですが、マイクのゲインをむやみに上げてもボーカルより大きいギターアンプの音が入り込んでしまう…といった事象が頻繁に起こりますから、マイクの向きやアンプの配置などを見直しながら設定していきましょう。詳細は次章「よくあるトラブルの対処について」にて。

 

  • モニターのバランスチェック

 各パートの音をチェックし終えたら、実際に曲の一部を演奏してもらいましょう。30秒~1分ほどで、全てのパートが音を出すセクションが望ましいです。その後モニターに関する要望を募り、個別に対応していきます。意識しておくと良いことをまとめておきます。

 

・ギター、ベースからの「自分の音を返してほしい」には、中音(アンプの音)を上げてもらうことで対応する。

 全てのスピーカーにはキャパシティがあるので、「モニタースピーカーから出す音は最小限に」という原則を頭に入れておきましょう。無闇に色々な音を返すと被りが生じてむしろモニターしづらくなりますし、フィードバック(ハウリング)も起こりやすくなってしまいます。

 最も音量に関して融通の利かないドラムを基準に、「ドラム、ギター、ベースはモニターを使わずともステージ中央でバランスよく聴ける」状態を中音で作ってもらい、それを基準にしてその他のパートをモニタースピーカーで加えていくのが理想的です。

 

・少なくともボーカルとキーボードはステージ上の全員に届ける。

 多くの場合モニターはこれで充分です。その他場合によっては、「ホーン隊と反対側にいるギタリストにホーンを少し返す」「リズムキープしやすいようにキック或いはハイハットだけをボーカリストに返す」などの対応も考えられます。“最小限”の原則と相談しながらケースバイケースで対応しましょう。

 

・エフェクトをかけた音と、かかっていない音のどちらをモニターに返すか判断する。

 多くのミキサーでは、エフェクトのリターンチャンネルの音をモニターに返すかどうかを選択できます。モニターにリヴァーブがかかっていた方が歌いやすいという人もいますし、逆にドライなモニターが快適な人もいるので、基本的には演奏者の嗜好に従いましょう。また、個人に馴染ませるためのミックス的な用途のリヴァーブは返さない、フレーズの一部になるようなディレイは返す、モジュレーション系は演奏者の好みに応じて…という基準を持って判断しているので、いちいちヒアリングしている余裕のない時には参考にしてみてください。

 

  • 外音のバランスチェック

 こちらをモニターチェックよりも後に置いたのは、モニターバランスを調整する段階で中音のバランスが変わる可能性があるからです。モニターのバランスを確定する前でも、曲を演奏してもらっている段階で基本的なバランスは作っておきましょう。モニターバランスを整えた後はもう一度曲を演奏してもらい、再び微調整を行います。

 意識して欲しいのは「明瞭に聴こえないパートが無いこと」「ボーカルは歌詞が聴きとれるくらい大きく出すこと」の2点です。中音で良いバランスを作れていれば、あまり苦労することはありません。それらをそのまま増幅し、そこに生音の小さい楽器を足していくイメージを持っていれば事故は起きないと思います。

 サークルのライブにおける転換リハの時間では、これ以上の追い込みはなかなか難しいので、減点法的に見ておかしなところが無ければ100点だと思って大丈夫です!「より良いミックス」のためのアレコレは本番中のオペレーションについての項にて。

 

〈本番でのオペレーション〉

 いよいよ本番です。二つのシンプルな鉄則さえ守ることができれば、“公共伝達”たるPAとしてバッチリです。ここまで解説してきた内容を踏まえられていれば、きっと難しいことではありません。また、「こなす」の先まで到達したい!という人は「『より良い音』のために」にもぜひ目を通してみてください。

 

・鉄則①「絶対にクリップさせない」

 ミキサーへ入力する段階、ミキサーから外部エフェクターへ入力する段階、外部エフェクターからミキサーへ信号を戻す段階、ミキサーからプロセッサーパワーアンプへ出力する段階、パワーアンプからスピーカーへ出力する段階…とにかく機材から機材へ信号を伝達するすべてのポイントで、信号のピークが0dBに達していない=クリップ(音割れ)していないかどうか常に目を光らせておくようにしましょう。これは過大入力による機材へのダメージの防止と音質の劣化防止、そしてハウリング防止の3つの観点からです。特にレンタル品であったり他サークルの借り物である場合には、故障によるトラブルを防ぐためにも絶対に守りましょう!

 

・鉄則②「聴こえない音を生まない」

 これは「PAの不手際でミュートになっていて音が出ていませんでした!」なんていう事故は起こさないことと、明らかに他の楽器の音にマスキングされて聴こえていない音をなくすこと、の2つの意味で意識しておいてほしいことです。次章「よくあるトラブルへの対処について」で説明する原則を守り、リハーサルの項で説明した手順をしっかり踏めていれば目立った事故は起こらないはず…です。次項「『より良い音』のために」も適宜参照してもらえればと思います。

 

〈「より良い音」のために〉

 ここを理解/意識できるとより高いレベルのオペレーションができるよ、という点を、主に私の経験則からまとめておきます。ここからはこれまでにも増してフワッとした理解でどうにか書いていくので、疑問があったら各自調べてください!あと明らかな間違いがあった場合は石ではなく連絡を投げてください!

 

・被りへの対処、帯域の棲み分け

 各楽器がカバーする周波数帯域はかなり広く、何も処理をしていないと帯域の被りによるマスキング(ある音が他の音に埋もれてしまうこと)が発生し、せっかくの演奏が明瞭に聴きとれなくなってしまいます。例えばキックとベースは音量感を司る帯域がほとんど被っていますし、ギターのアタック感とボーカルの子音の明瞭さを担当する帯域も大概被っています。

 参考までに、拾い物のなかなかよくできた図を貼っておきます。(鵜吞みにせず、これを見ながら色々なセッティングを試して自分の感覚とすり合わせていきましょう)

 重要なのは、各帯域の「主役」を決めることと、多くの音に共通して適用できる帯域ごとの役割のイメージを持つことです!詳細は図の後で。

 

 では、私がオペレーションを行う際になんとなく意識している帯域ごとの役割と「主役」についてまとめてみます。精密な検証を行ったわけではなく、PAや音源のミックスを繰り返す中で積み重なった“私の感じ方”である点ご承知おきください。(ただ低域の整理の仕方については、プロの方に直接質問してお墨付きを頂いたので、少しはアテにしてもらっても良いかもしれません)

意識して欲しい原則は、「ある音を前に出したい時は、それ以外をカットする」ことです。その音が耳にまっすぐ届くのを邪魔している周りの音を整理して、通り道を作るイメージを持てると良いですね。また、同じ帯域を担当するもの同士はPANで定位をずらして単純に音の出どころを変える、という手も有効です!

 

[~30Hz→可聴域外も含む超低域]

 軽音サークルのライブのPAにおいては無視してしまって構わないと思います。少なくとも意識的にコントロールしてどうこうという場所ではないです。

主役→なし

[30~120Hz→低域の迫力]

 この辺りをブーストしていくのが、一番「低音が出ている」という感覚に影響を及ぼすと思います。

主役:キック、ベース

 まずはキックの中心帯域を決めましょう。ずっしりとしたキックが欲しいなら60~80Hzあたり、少し重心の高いタイトなキックが欲しいなら100Hzにピークを作るようにEQするとうまくいきやすいです。

 続いてベースです。キックの中心を担わせている帯域のみカットし、“キックの上下”をベースの居場所とすることが多いです。言い換えて繰り返すと、「キックの通り道を確保する」ことが重要です。4弦の音程の基音がカットする周波数と被る場合があるので、カットのし過ぎには注意!

[120~250Hz→箱鳴り感、ふくよかさ]

 スネアで試すとわかりやすいと思います。200Hzあたりをブーストすると胴鳴りが強調されたふくよかな音に、カットするとスナッピーや皮鳴りが強調されたスッキリした音になります。その他のソースでも、腰回りの太さをコントロールしたい時に触る帯域です。特にタムやベース的な役割を持つ楽器の存在感を出しやすい帯域ですね。

主役:タム類、太鼓系のパーカッション、ベース

[250~1kHz→ウワモノ・ボーカルの存在感]

 楽器やボーカルが担当する音域の基音は大体この辺りだと思います。この辺りは整理がとっても難しく、かつ場合によりすぎるので、安易に細かいことは言えませんが…入力ソースをよく聴いて、ピークをうまくずらしながら配置していけると良いですね。

主役:ボーカル、ギター、キーボード、ホーンセクションなど

[1kHz~4kHz→音の硬さ、アタック感]

 ボーカルの子音の明瞭さや、各楽器のアタック感を左右する帯域です。ギターはアンプからも音が出ていますからここはボーカルに譲ってもらうことが多いです。1~2kHz辺りをボーカルに空けてあげると、音量を上げずとも歌詞が聴きとりやすくなると思います。

 また、ベースにおいても、このあたりの倍音を強調してあげるとフレーズの輪郭が見えやすくなりボヤけた感じがなくなると思います。

 ドラムのアタックは個人的にもう少し上でコントロールすることが多いですが、例外的にスネアのアタックはここでコントロールすることが多いです。200Hzあたりと同じく、ここでアタックのピークをどこに持ってくるかでスネアのキャラクターがかなり変わってくるので、良いポイントを見つけましょう。

主役:ボーカル、ベース、ウワモノ類

[4kHz~10kHz→アタック感、ギラギラ感]

 音作りの下手なギタリストがすぐ出し過ぎる帯域。ギラッとしてカッコいい感じがするのは分かるのですが、出過ぎていると最も耳に痛い帯域なので、丁寧に取り扱いましょう。これは感覚上の話だけではなく、物理的にも耳にダメージを与えやすい帯域で、突発性難聴などを引き起こす可能性すらあるので、みなさんの耳を守るためにも大切なことです。できるだけ長い間いいバランスで音楽聴きたいじゃないですか…それと、この辺りの帯域を抑えることで音量のデカさが不快感に繋がりにくくなるので、轟音出したいバンドほどシビアに作り込みましょう。

 ハイハットのアタック感や、キック・タムのアタックの輪郭を左右する帯域でもあります。高域のアタックがしっかり聴こえることで、低域の迫力も増しますから、セットで考える習慣をつけましょう!(逆に、キックやベースをデカく出したいけど目立たせたくはない、という時はここをカットして埋もれさせるという手もありますね。)

主役:ハイハット、キック、タム、ギター、ホーン、その他アタックを聴かせたいシンセの音色など

[10kHz~16kHz→明るさ、エアー感]

 そろそろ中年以上には聴こえない帯域になってきますね…若い方でも、14kHzあたりより上になると聴こえ方に個人差が出てきます。

 シンバルやアコギ、ボーカルなどのキラキラとしたムード、明るい雰囲気を作るのにちょうどいい帯域です。逆に、中域を聴かせたいエレキギターやピアノなどは、ここをカットしてしまうことで音が前に抜けてきやすくなるかもしれません。

主役:ボーカル、シンバル類、アコギなど

[16kHz~→超高域]

 超低域と同じく、気にしなくても問題ないと思います。

主役:なし

 

・適切な音量バランスを作る

 楽曲ごとに「これはこの音を聴かせる曲!」という主役を定めましょう。それはある曲の場合はボーカルですし、またある時はギター、キーボード、あるいはリズム隊かもしれません。主役の設定は、その他の音に関しても、「主役の音に対してどのような立ち位置でいてほしいのか?」という判断の基準を与えてくれます。

 また、ヒトの耳/脳は「過剰であること」は知覚しにくいという特性を持っています。大きな音量で聴いていると、コンプをかけたように、過剰に出ている帯域を勝手に無視して聴いてしまうのです。どの音も、まずは明らかに小さいと感じる音量から始め、不足を感じなくなるまで上げていく…という手順で音量を決めていくのがオススメです。これはイコライジングにも、或いはPAではなくともプレイヤーとしての音作りにも適用できる原則です。

 

PAでかけるセンドエフェクト(特に空間系)の基本的なパラメータと扱い方

 PAでかけることの多いディレイとリヴァーブについて、基本的なパラメータを解説していきます。ディレイやリヴァーブは音の反響を疑似的に作り出す「空関系」と呼ばれるエフェクトで、ボーカルなどのソースを他の音と馴染ませる用途の他にも、ムードの演出、またはディレイの反響を含めたフレージングなど、様々な応用ができるものです。

 

[ディレイ]

 ディレイは、原音を2つのルートに分け、片方を非常に長い回路を通して遠回りさせることで遅らせた上で混ぜ合わせることで、やまびこ効果を生むエフェクトです。主に、アナログのBBD素子を用いたアナログディレイ、磁気テープに録音した音をリピートさせるテープディレイ、クリアな音質のデジタルディレイ、アナログディレイやテープディレイの音質変化を再現したタイプのデジタルディレイ、といった種類に分かれます。

・ディレイタイム

 遅延の間隔を調節するものです。

・フィードバック

 遅延した音を遅延させる回路にもう一度戻す、その量を決めるパラメータです。わかりやすく言えば「やまびこの回数」をコントロールするパラメータです。

 その他、原音(ドライ)とエフェクト音(ウェット)のバランスを決めるパラメータや、エフェクト音にかかるEQのパラメータなどが備わっていることが多いです。最も、センドリターンでの運用においてはドライ/ウェットのバランスはAUXつまみのセンド量で調節するのですが…

 

[リヴァーブ]

 リヴァーブは、非常に短いディレイを複数重ね合わせることで、ある空間における音の反響を再現するエフェクトです。トンネルや浴室で手を叩いたあの感じですね。主に、スプリング(バネ)を通すことで残響を作るスプリングリヴァーブ、大きな鉄板を用いるプレートリヴァーブ、デジタル回路で或る空間の特性を再現したルームリヴァーブやホールリヴァーブなどの種類に分かれます。

・ディケイ

 残響の長さを決めるパラメータです。残響がすぐに減衰する設定から、無限に音が広がっていくような長い残響までを、使い分けることができます。BPMと対応させて、次の音が鳴る直前に減衰するような設定で使うのが基本です。

・プリディレイ

 「原音が入力されてから残響が鳴り始めるまで」の時間をコントロールするパラメータです。ディケイ以上に空間の広さの演出に便利なので、色々な設定を試してみましょう。

 その他のパラメータはディレイと共通するので割愛します。

 

 お使いの機材によっては無いパラメータがあるかもしれませんが、その場合は内部である値に固定されていると考えましょう。開発者のチューニングを信じて!

 

・ヘッドホンでのモニターに頼りすぎない

 ヘッドホンは個々の音におけるエラーを見つけるためには便利ですが、全体のミックスバランスはあくまでも観客が聴くメインスピーカーの音を聴きながら調節すること!自己満足に陥ってはいけません。

 

・ある程度は諦める

 ここまでつらつらと書いてきましたが、結局のところPAは魔法ではありません。PAが実現できることの最大値は「ステージの演奏を不足なく観客に届ける」ことでしかないのです。ステージからいい音が出ていないと、PAもそれなりの音しか出せません。明らかに中音のバランスがおかしい、ボーカルがマイクに拾ってもらいやすいポジションで歌えていない、ギターの高域が出過ぎている、などの場合は潔く諦め、やるべきことだけこなして涼しい顔をしていましょう…PAがするのは、基本的には「加工」ではなく「整理」なので。

 そして、演奏者や観客からPAを褒めていただいた時も、「演奏が良くてこそ」という前提を忘れずに!

 

 

 

【第5章:よくあるトラブルへの対処】

 

 よく遭遇するトラブルについてまとめていきます。

 

ハウリングを起こさないために〉

 PAが最も頭を悩まされるのがハウリング、またの名をフィードバックノイズです。

 

フィードバックループの理解

 まずは、ハウリングとはいったい何なのか理解しましょう。ハウリングとは、「マイクに入力されアンプで増幅されスピーカーから出た音をマイクが再び拾ってしまい、増幅と収音が無限に繰り返される(フィードバック)こと」を指します。まずはこの原理を知ることが、対策への第一歩です。

 

・マイクの指向性とアンプ/スピーカーの置き方

 マイクには「指向性」というものがあります。これは簡単に言うと「ある方向からの音は敏感に拾い、それ以外の方向からの音は拾わない」というもので、様々な種類があるのですが、ボーカルや楽器用のマイクはほぼ全てが単一指向性(カーディオイド)です。

 以上から、ハウリング防止のためには「マイクの指向が向いている方向にスピーカーを置かない」という大原則が導かれます。

 モニタースピーカーから出た音をマイクが拾わないように、スピーカーの配置には気をつけましょう。メインスピーカーも、演者から見てマイクやモニターよりも前面に配置するようにします。

 また、マイクのグリル部分(先端の網状の部分)を持つと不機嫌になるPAに会ったことがあるかもしれませんが、それはグリル部分を持つとマイクの指向性に変化が生じてフィードバックのコントロールができなくなる場合があるからです。ボーカリスト諸氏は注意!

 

ハウリングしやすい帯域をあらかじめ特定してEQでカット

 部屋やマイクやその他の機材の特性によって、フィードバックしやすい帯域というものが存在します。敢えて一度フィードバックを発生させることでその部屋のフィードバックしやすい帯域を特定し、あらかじめEQでカットしておく…という対策も非常に有効です。

 手順は、

  • あるチャンネルのレベルをフィードバックが発生するまでゆっくり上げる。
  • ミドルのパライコをカット状態にした状態でフリーケンシー(周波数)を動かし、フィードバックが減衰するポイントを探す。
  • その帯域を必要量カットする。

というシンプルなものです。③のカットを個々のチャンネルで行うと音作りのためのイコライジングが不自由になってしまうので、欲を言えばミキサーのメインアウトプットとパワーアンプの間に外部のEQを繋ぎ、全体の音を一気に調節できるのがベターです。

 この手順を自動で行ってくれる「フィードバックデストロイヤー」という機材もあるので、導入してみるのも手です。

 さらに踏み込むと、その部屋の特性そのものの改善も選択肢のひとつです。壁/天井に吸音材や布を張って音の反響を減らす、アンプやスピーカーの配置、向きを見直すことで定在波を減らすなど…これはかなり難しいことなので、もしできそうだと思ったら色々調べて挑戦してみてください、という程度に。

 

 ハウリングの原理を正しく理解できていれば、そして原因となっているマイクや帯域を正しく特定できれば、対策はそれほど困難なものではありません!単純に大きな音を出し過ぎないことも含めて、色々考えて判断しましょう。

 

〈音が出ないときは〉

 ただしく接続できているはずなのに音が出ない…そんな時は落ち着いて、可能性のある原因をひとつずつ検証し、潰していきましょう。急がば回れ

 

・入口から出口へ

 問題のあるチャンネルにおいて、マイク→ケーブル→マルチボックス→ミキサー→パワーアンプ→スピーカー…という流れの入口から順番に見ていく、という原則を頭に入れておきましょう!

 

・条件をひとつずつ変えて原因を特定(「どこまでは正常か」を確かめる)

 まず、「ミキサーのチャンネルに音は入力されているか」を確認します。当該チャンネルのソロスイッチを入れ、信号が来ていれば音が出ない原因はミキサー→スピーカーのどこか(そして他のチャンネルから音が出ているのであれば間違いなくミキサーの設定ミスでしょう)にあり、信号が来なければマイク→ミキサーのどこかに原因があります。

 

 チェックリストです!主な原因はほぼ網羅していると思います。繋ぎ変えて検証する時は、次の要素を変える前に一度元の状態に復帰させること。(変数をひとつにすること)

[ミキサーに信号が来ている時]

・GAINは十分上がっていますか?PADは入っていませんか?(信号を極端に小さくしていませんか?)

・ミュートスイッチは入っていませんか?

・フェーダーは上がっていますか?

・ルーティングスイッチは押されていますか?(このパターンすごく多いです。各チャンネルで音の出口をきちんと指定してあげましょう)

 

[ミキサーに信号が来ていない時]

・スイッチがついている場合、マイクのスイッチはオンになっていますか?

・マイクだけを正常に使えているチャンネルのものと繋ぎ変えてみる。(これで音が出たらマイクの故障)

・マイク→マルチボックスのケーブルを変えてみる。(これで音が出たらケーブルの故障)

マルチボックス内の違う番号に入力し、その番号の端子をミキサーに接続してみる。(これで音が出たらマルチボックスの当該チャンネルの故障)

・ミキサーの違うチャンネルに入力してみる。(これで音が出たらミキサーの当該チャンネルの故障)

[ミキサーまでは正常だけど、スピーカーから音が出ない]

・接続は正しくできていますか?(違う端子にケーブルを挿していたりしませんか?)

パワーアンプの違うチャンネル(生きていることを確認できているもの)から繋いでみる。

・違うケーブル(生き(略))を使って繋いでみる。

・当該スピーカーに繋がっているパワーアンプのチャンネルとケーブルをそのまま他のスピーカーに繋いでみる。(上2つでダメで、かつこれで音がでた場合、残念ながらスピーカーがご臨終なさっています…)

 

・ケーブルやマイクは交換できるよう多めに用意する

 見出しの通りです。備えあれば憂いなし。

 

 憶測で色々やってみるのではなく、まずは原因を正しく把握することに努めましょう。信号の入口から出口に向かって、1箇所ずつエラーが無いか確かめていけば、必ず答えは見つかるはずです!

 

【おわりに】

 

 長い長い文章にお付き合いくださって、ありがとうございます。表記揺れが無いように、文章の階層の設定や色付けの仕方に揺れが無いように、固有名詞の間違いが無いように、気を付けて書いたつもりですが、もし明らかな誤りを発見した人がいたら連絡ください。

 

 この引継ぎは最低限の運用方法を理解してもらうことと共に、PAや音響に関する知識の枠組みを提示することを目標に書かれています。漠然と「PAってよくわからない…」と思っていたあなたの疑問が、これを読んだ後は「○○がよくわからない…」と、Googleの検索窓になんて打ち込むべきワードが具体的に浮かぶようになっていてくれれば…と。

 

 高校時代から積み重ねてきた知識と経験の集大成としてこれを残せていること、そして共有できる場があることに、大きな手応えを感じています。少しでも皆さんの力になれれば嬉しいです。

 

 それでは、みなさんの音楽体験が、いつでも豊かなものでありますように。

 

 

機材の話: 部屋とHX Effectsとわたし

 こんにちは。こんばんは。おはようございます。

 今年の夏はできる範囲で意識して更新頻度を上げていきたいと思っています。ギター関連の機材整理の波動を感じているのでその前に、と…笑

 

 今回のお題はこちら!

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 みんな大好きLine6のマルチエフェクター、HX Effectsです。去年の秋ごろ手に入れてから使用していて、自分なりの付き合い方がなんとなくわかってきたので書いてみます。「HXファミリーを検討しているがどれを選ぶべきか決めかねている」という方の参考になれば、またHX Effectsを題材にして「コンパクトの代用に限らない存在になりつつある近年のマルチとわたしがどう向き合っているのか」をお伝えできれば幸いです!

 

【今回のお品書き】

①HX Effectsとはどのような機材なのか?

 ・HXファミリーの特徴

 ・Effectsに特別見られる特徴

②コンパクトとマルチ、どのように折り合いをつけるか?

③音作り、どこまでやる?(まとめ)

 

①HX EFFECTSとはどのような機材なのか?

 

・HXファミリーの特徴

 まず、Effectsが位置付けられているHXファミリーについて触れていきましょう。HXファミリーはLine6のフラッグシップ機であるハイエンドマルチ、Helixの下位モデルであるHX Effects、HX Stomp、HX Stomp XLの3機種を指します。これらに共通する、Helixから流れる「HXファミリーの特徴」と言えるのが以下に挙げるようなものです。

 

≪Helixと共通するDSPチップによる高品質なモデリング

 HXファミリー最大の売りがこちらではないでしょうか?出力されるサウンドではなく「回路の振る舞い」にフォーカスしたモデリングにより、モデリング元の代名詞的な特定のサウンドに限定しない使い方を実現しています。また、開発者によれば「例えばチューブスクリーマーなら、"ヴィンテージTS-808の最大公約数"的なサウンドではなく、用意したリファレンス機の中で開発チームが最もいいと判断した個体のサウンドを徹底的に追求した」とのことで、そこもHXモデリングの特徴と言えるでしょう。もちろん、特定のモデルを意識しないLine6オリジナルのサウンドも非常に面白いものになっており、それらのサウンドがHXファミリーを単なるなんでも屋さんに留めない重要な要素になっていると思っています。

 

≪カラーLCDリングを搭載したフットスイッチ≫

 フットスイッチに割り当てられたエフェクトのカテゴリーをイメージした色でフットスイッチが点灯するので、演奏中の視認性がとても良いです。フットスイッチの色は自分で設定した色に点灯させることもできますし、複数のエフェクトのオン/オフやパラメータの変化をひとつのフットスイッチに割り当てることもできます。また各フットスイッチはパッチ内の接続順に関係なく場所を入れ替えることができるので、自分なりのストレスのない環境を構築することが本当に楽です。

 

≪エフェクトループを含む柔軟なルーティング≫

 機種により同時に使用可能なエフェクト数は変わりますが、それ以外には2つある外部エフェクトループを含めてカテゴリーなどの制限なく自由な接続順でパッチを作成できます。また信号の系統を2つに分けることができ、「複数のエフェクトを通過した信号とクリーンな信号をミックスする」「別々のエフェクトをかけた音をミックスする」「2系統を別端子からパラレルで出力してアンプ2台を切り替えたり同時に鳴らしたりする」などのルーティングが可能です。信号の分け方には「任意のバランスで振り分け」「フットスイッチで2系統を切り替え」「設定したスレッショルドによって信号レベルで振り分け」「指定した周波数を境に切り替え」の4種類があり、アイデア次第で様々なサウンドが実現できます!例えば「2.4kHz以上の信号だけ歪ませて、クリーンなアタック感と倍音感を両立させる」「スレッショルドで振り分け、カッティングのアタック成分にだけリバーブをかける」などが考えられますね。

 ちなみにわたしは、「2系統の信号をそれぞれ別の端子から出力できる」ことを活かして「あるフットスイッチを踏んだ時だけ、アコースティックシミュレーターとルームリバーブを通過した信号がアンプではなくDIから直接PAに行くようにする」パッチを組んで使っています。

 

≪各モデリングのフェイバリット、ユーザーデフォルト機能≫

 各モデルに関して、そのモデルを呼び出した時の初期パラメータを設定することが可能です。「いつもローゲインでブースターとして使っているモデルなのに、いちいち全部12時で読み込まれるのが面倒!」というのって結構マルチあるあるですから、非常に助かっています。またそれとは別に、お気に入りの設定をプールしておけるFAVセクションも用意されています。BOSSのGT-1000などにもある機能で、今後デジタルマルチのスタンダードになっていきそうですね。

 

≪フットスイッチや外部コントローラーの豊富なアサイン機能≫

 上でも少し触れましたが、各フットスイッチにはほとんどのパラメータをアサインでき、複数まとめてコントロールすることができます。また、Tip/Ring信号による外部機材のコントロール(PEDAL/EXT AMP端子からアンプのチャンネル切り替えや、コンパクトペダルのタップテンポやモード切替をHXのフットスイッチから行うことができます)にも対応しています!さらに外部フットスイッチやエクスプレッションペダルを接続してのコントロールも可能です。(EXPペダルに関しては純正でないものは抵抗値や極性によりうまく動作しないことがあるので、注意が必要です)

 

≪スナップショットによる音切れのない音色切り替え≫

 HXファミリーには、パッチとは別に「スナップショット」という機能があります。これ、公式の日本語マニュアルが相当難解なので分量割いて説明したいと思います。(公式のマニュアルもなかなかファニーなので見てみてください、なんなんですかあのタコの例え…笑)

 まず、スナップショットで管理できるものをまとめてみましょう。

・パッチにある各エフェクトのオン/オフ

・各エフェクトのパラメータ

 これに対してスナップショットでは管理できないものは、

・エフェクトの接続順、ルーティング

となっています。後者はパッチで管理します。「パッチ=あるエフェクトボード」「スナップショット=そのボードの状態」と言うとイメージしやすいのではないでしょうか?HXシリーズは「パッチであるシステムを作って、その構造を崩さずに実現できるバリエーションをスナップショットで切り替える」という意識を持つと付き合いやすいのかな、と思います。

 そして一番大事なことが最後になってしまったのですが、スナップショットの利点は「エフェクトモデルの読み込み直しをしないため、一切の音切れがない」ことです!スナップショットをうまく使うことでパッチ数も抑えられますし、HXファミリーの重要な概念のひとつです。

 

その他細々したものをまとめると

・様々な入力ソース、出力先に対応する信号レベル設定

MIDI信号の送受信

プロセッサー回路を通過しないアナログ・バイパス機能

・IRの使用

などでしょうか。総じて「サウンドシステムの中心」という役割が意識されているように感じます。

 

・HX Effectsに特に見られる特長

 ここからは、HXファミリーの中でも特にEffectsが持つ強みについてわたしなりに書いてみます。と言っても、基本的には「筐体が大きいことの利点」に収束するものではあるのですが…笑

 

≪ファミリーの中では優れたDSPパワー≫

 Stomp(XL)に比べてひとつしか多くないのですが、最大9つのエフェクトブロックを使用してパッチを組むことができます。実際使っていると「9でギリギリ足りるな」という感じがあるので、地味に大きな差ではあります。

 

≪2系統の外部エフェクトループ≫

 2系統のセンドリターンを、モノ×2、もしくはステレオ×1のエフェクトループとして使用できます。(Stomp(XL)もY字ケーブルを用いれば2系統/ステレオでの運用が可能です)わたしの場合、最も大きな規模のセットを組む時にはコンパクトで使いたい歪みを括ったループと、モジュレーション・空間系を括ったループを作って使っています。というよりはむしろそのコンパクトたちがメインで、その間に時々欲しくなるエフェクトやEQ、ルーパーなどを挟むためにHXを使っている形ですね。笑

 このエフェクトループの優れているところは、ドライ/ウェットのバランスを調節してブレンダーとしての運用が可能なこと、そしてセンドの出力・リターンの入力レベルをそれぞれ-inf~+6dbの範囲で設定できることだと思っています。後者は、音量が下がってしまうペダルを括って使う際の補正用に使うこともできますし、括った歪みペダルに送る信号のレベルで歪みの量を調節したり、また歪みの量を全く変えずにレベルだけを上下させたりといった積極的な運用も考えられます。サカナクション岩寺基晴氏がラック式のボリュームコントローラーでやっていることに近いですね、詳しくは当ブログ最大のヒット作である岩寺氏のサウンドシステム考察記事(https://actionvoi.hatenablog.com/entry/2020/05/03/180349)をご覧ください。笑

[追記]

 記事をアップした段階では「Stompではモノ2系統のセンドリターンは使用できないようです」と書いたのですが、TwitterにてStompを使用されている方から可能である旨教えていただきましたので、修正しました。(2020-08-08)

 

≪操作性≫

 大きな筐体の一番の恩恵です。8個のフットスイッチに加えてそのうちアサイン可能な6個にLCDディスプレイが合わせて搭載されており、スイッチのカラーリングと合わせて各スイッチの状態を把握しやすくなっています。(各ディスプレイに表示させる文字列も都度カスタマイズ可能です)Stomp XLにはこのディスプレイが無いため、HXファミリーの中で「Helixの操作性」を最もよく実現しているモデルであると言えるのではないでしょうか?設定決め打ち、かつライブでの運用メインであれば余剰とも言える部分ではありますが、鳴らしている最中にササっとパラメータを調節したり、エフェクトを追加したり、コンパクトペダルで組んだボードを触っている時とのギャップが極めて小さい印象です。ざっくりとしたセッションや、アレンジを固める段階の作業で大まかな方向性を決める用途にはこれ一台で完結できる、という快適さ、便利さはなかなかのものです。

 またこれも一応Stomp XLでも可能なものですが、Helixから受け継いだハンズフリー・エディット機能も地味に助かる機能です。多少操作の量は多いものの、フットスイッチの操作だけでパッチ内のすべてのパラメータの調節が可能です。「いざアンサンブルの中で鳴らしたら歪みの量が少し足りなかった/過剰だった」「もう少しレベルを上げたい/下げたい」という程度のものであれば、Aメロが終わる頃には十分アダプトできるはずですよ。一応Stomp XLでも可能、と書いたのはこれは各フットスイッチに対応したディスプレイあってこそのものかな?と感じるためで、その点でEffectsの強みと言っていいと思います。

 

≪Effectsの弱み≫

 反対に、EffectsよりStomp(XL)が優れていると言える点についてです。Effects以外は所有したことがないので、あくまでカタログスペックやレビューを見て軽くまとめる程度にとどめておきますが…

 真っ先に浮かぶのはアンプモデリングの存在です。アンプモデリングが使えないEffectsでは、宅録はコレ一台で完結!とはいかないのが実情ですよね…(というかStomp XLを出したりPod Goを出したり、もはやEffectsにアンプモデリングが搭載されていない意味が分からなくなってきています…Line6はEffectsをどうしたいんでしょうか。笑)

 もうひとつもパッと浮かぶものですが、機能の割に小さくまとまっているとはいえやはりサイズもネックになります。マルチストンプ的な運用にはStomp(XL)が適していますし、よりボードの司令塔的な役割を突きつめたBOSSのMS-3という存在も相まって、「コンパクトペダルを中心としたボードに組み込む(ボードをコンパクトに保ったうえで)」にはなかなか収まりがよくないのは事実です。サイズを犠牲にできるなら、「マルチの自由さ、拡張性」と「コンパクトの調節しやすさ、手軽さ」を両立できるいい選択肢になりますけどね。

 

②コンパクトとマルチ、どのように折り合いをつけるか?

 

 ここまで見てきたように、近年はコンパクトペダルで組んだボードではなかなか実現できないシステムを組むことができるデジタルマルチがかなり存在感を増しています。サウンドの差についても余程突きつめない限りは必要十分なレベルまで到達していますし、インスピレーションを刺激されるオリジナルモデルを搭載したマルチも多いです。コンパクトペダルをたくさん使う意味が薄まっているように感じる方も多いのではないでしょうか。

 しかし個人的には、マルチは魔法が起きづらいガジェットだと感じています。あらゆるパラメータに手が届くために、出音のクオリティは良くも悪くもその人の関心の深さ、耳に依存する部分が大きくなってきてしまうからです。これはnotaさん(▲▼エフェクターレビューとメモ▲▼)がおっしゃっていたのに影響されているのですが、コンパクトペダルの価値はコントロールできない部分、わたしたちアマチュアとは比べ物にならないほど造詣の深いビルダーによるチューニングにこそあると感じていて、アンタッチャブルな部分があるからこそ、またよくわからずにツマミをただ回していることでこそ起こる魔法というものがあると思っています。(これも耳次第、と言ってしまえばそれまでなのですが)

 ただ、ひとつのコンパクトペダルでは追い込めない部分があるのもまた事実です。「イメージした音を高い解像度で実現する」上ではマルチは非常に強力です。「これくらいの速さのモジュレーションがこれくらいの深さでかかっていて、これくらいの大きさで何回くらい返ってくるディレイが欲しい、ウェットのハイとローはこれくらいカットされていて…」というように音を抽象化して捉えることができるなら、HX Effectsに限らず最新のデジタルマルチはそれを叶えるこれ以上ない味方になってくれることでしょう。

 そこから、コンパクトペダルとマルチエフェクターとは決してお互いを食い合う者同士ではないのではないかと感じています。そして多少飛躍しますが、多機能コンパクトペダル以上に「コントロールの少ない、ビルダーの腕勝負」なペダルの需要が高まっていくのではないかとも思っています。笑 それぞれの持っている武器を把握したうえで、うまく付き合っていきたいものですね…

 

③音作り、どこまでやる?(まとめ)

 

 最後になかなか刺激的な見出しをつけてしまいましたが…笑

 言ってしまえば、HXのモデリングよりも好きな音のコンパクトペダルは山ほどあります。わたしはBOSSのディレイじゃないと興奮できないカラダになってしまっていますし、ピッチシフターもBOSSのものをよく使いますし、Digitechのフェイザーが大好きです。「自分にしか出せない、最高の音」を突き詰める手段としては、HX Effectsは必ずしも優れていないかもしれません。

 しかし、そこまでやる必要があるのでしょうか?もちろんそれを探る遊びはとても楽しいですし、そんな人たちの出す音の中には有無を言わさぬ威厳があるものですが、それと同じくらい、或いはそれ以上に私が大切にしていることが「その場面に適切な音を作れること」です。「どの系統のエフェクトがかかっていて、他のパートとの音量のバランスはどのようになっていて、どの帯域がどれくらい出ているか」をキチンと捉えられていることを何よりも重視しています。例えばRATの音が欲しい時、わたしは「RATというエフェクターを特徴づける要素」が現れてさえくれればあとのディティールは割とどっちでもいいな、くらいのスタンスなんですよね。この記事において各モデリングサウンドに関する言及がほぼ無いのもそこに起因しています。笑

 そんなスタンスに共感を覚える方には特に、HX Effectsを両手で推したいと思います。HX Effectsはノットフォーミーだな、も含めて、参考にできる方がいらっしゃれば嬉しいです。

 

それではまた。

長谷川白紙「山が見える」リズム解析~異なるBPMの同期~

こんにちは。こんばんは。おはようございます。

 そういえば今年はまだ記事を書いていませんでしたね。時間に余裕があれば手持ち機材の記事なんか書きたいんですが…

 今回はずっとよくわからないまま聴いていた長谷川白紙の「山が見える」のリズムを解き明かすことができてしまったので、半分メモ代わりに記事にしておきます。

[追記] 知人がこれを読んで彼なりにコピーしたところかなり違う結果になったので、参考までに。笑 あまりにも辻褄が合ってしまったので盛り上がって書いた記事ということで…

 

【まずは曲を聴こう】

www.youtube.com

 

 こちらが今回のテーマとなる楽曲、「山が見える」です。リズムにあまり執着のない人の中には意識して聴かなければ引っかからない人もいそうな曲ですが、実はキモ…としか言えないような複雑なリズムを持っています。

 イントロから1バース目までを聴いて、「①ライドシンバル、ハイハットの一部、歌、リードシンセ」と「②キック、スネア、ベース、パッドシンセ」で違うリズムを刻んでいることに気づいたでしょうか?前者についてはなんてことのないシャッフルのリズムですが、後者についてパッとこういう解釈だ!と言うことはほとんどできないと思います。なぜなら、「前者と後者のふたつのリズムは異なるテンポを基準にしている」からです。もっと言うと、「240BPMの16拍分と225BPMの15拍分が同じ長さである」ことに目をつけています。は?

 

【本当にそうなのか?】

 さて、それではちょっとした計算をしてみましょう。240BPMにおいて1拍は250ms(ミリ秒)ですよね。16拍とると長さは4000ms、つまり4秒です。では225BPMではどうでしょう?225:240=15:16から、4000(ms)に16/15をかけてあげると4266.6666.....となり答えが出せません。しかし、今回は16拍分ではなく15拍ぶんでしたよね?

 つまり「4000(ms、120BPMにおける16拍分の長さ)×16/15(BPMを225に変換)×15/16(16拍を15拍に)=4000(ms)」となり、「225BPMの15拍」は「240BPMの16拍」と同じ長さであることが確かめられました。やったね!

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実際にDAW上に4秒分のクリップを異なるBPMで並べてみてもこのようになっています。


【2つのリズムをそれぞれ見よう】

①ライドシンバル、ハイハットの一部、歌、リードシンセ と ②キック、スネア、ベース、パッドシンセ

 まず①について。①は240BPMで8分のシャッフルになっており、楽曲全体もこちらに準じて構成されています。ハイハットとライドが合わさってわかりやすいビートを刻んでいますね。

 

②キック、スネア、ベース、パッドシンセ

 次に②について。こちらは4分6連(8分3連?)のグリッドをベースに、キックとスネアが6:5でグリッド11個分をひとまとまりとするリズムを刻んでいて、大枠は「グリッド11個単位のフレーズを8回繰り返す(11×8=88個分)+225BPMにおいて15拍を満たすまでの余白の部分(15拍分はグリッド90個分なので90-88=2個分)」でひとまとまりになっています。

 しかし、注意すべきは②において8回目のスネアの位置だけが少し後ろにズレていることで、この8回目のスネアは「①における16拍目(①においてスネアが入ることが自然に感じる位置)」になっています。

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画像の上から1段目(この項の1段落目の内容)と2段目(2段落目の内容)が合わさった3段目が②のリズムを示すものです。

ここまでの内容を軽く動画にまとめてみました。わかりやすさを優先してシャッフルのビートはハイハットのみで打ち込みましたが、原曲のムードが出ているのがわかると思います。

 

【話はここで終わらない】

ここまで示した①、②のリズムの分け方はあくまでこの楽曲の基本形であり、一定ではありません。例えば1:09「頂上も~」の部分では全てのパートが①に準じています。また、2:47「ふかくみつめて~」では歌が②に沿うようになりその後の「編み出す妃へ」の「妃へ」でまた①に戻る、といったように、いくつかのパートはふたつのリズムを横断しながら楽曲が進んでいきます。

 ここまでなるべく言わないように我慢してきましたがそろそろ言ってしまっていいでしょう、

めちゃくちゃにキモいね!!!!!!!!!!!!

 

【まとめ】

 以上見てきた通りこの楽曲は大変奇妙なリズムを持つ曲なのですが、何より怖いのは、それでいて一聴してとっつきづらい印象を受けることなくサラッと聴けてしまうことではないでしょうか。月並みですが流石大天才と言いたくなってしまいます。

 これまでリズムに対する関心はそれなりに高いつもりでしたが、(スウィングという曖昧なものを除けば)せいぜい変拍子ポリリズムシンコペーションを組み合わせるのが関の山でした。かっちりとグリッドに嵌めて説明できそれでいて奇妙なリズム、自分でも色々考えて作ってみたいものですね…。

それではまた次の記事で!

2020年に聴いた音楽

 こんにちは。こんばんは。おはようございます。去年もやったように、今年聴いた音楽を振り返っていこうと思います。今年これにハマった!!というものを5作ほど挙げていきます。 

 

1. Cherish / KIRINJI

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 去年の年末にリリースされたアルバム、かつKIRINJIバンド体制におけるラストアルバムです。個人的には現体制での集大成にして最高傑作だと思っています。"和製スティーリー・ダン"を改めて感じさせられる皮肉めいた歌詞、バンドの編成に囚われないサウンドディレクション、欧米のシーンへのアプローチとも言えるファットなローの質感…どれをとっても素晴らしいアルバムです。M1「あの娘は誰?とか言わせたい」の入りのスネア、そこから入るキックの音でもう勝ってる。前作で見られた「近未来」的なテイストを維持しながらあたたかい愛の歌まで見せてくれて今年は本当によく聴いてました。他にはM3「雑務」M4「Almond Eyes」、M9「隣で寝てる人」がお気に入りです。

 

2. Time Warp / Perfume

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 このブログで散々言及しているサカナクションと並んで、Perfumeはリスナーとしての僕を形づくった存在です。ここ数年のPerfume(Future Pop後)の「1周した」感が個人的にたまらないんですよね…J-POP的な構造の楽曲にエフェクティブなボーカルが乗っていたJPNまで、ボーカルのエフェクトが薄まっていくのに呼応するように本場のトレンドに接近したバキバキにダンサブルなトラックが増えたLEVEL3~Future Pop期と、Perfumeの楽曲は大きく2つのタームに分けることができると思っているのですが、そこからこの曲に至るまでの彼女たちはバキバキに強いサウンドを維持しながら初期のようなポップソングに立ち返った感じがある気がします。「パーフェクトスター・パーフェクトスタイル」なんかで描いていたはずの絵をやっと現実にできたというか。3人と中田ヤスタカ氏との成長を感じて涙せずにはいられない…今年はコロナのせいで5年ぶりに観に行くはずだったPerfumeライブがなくなった散々な年でした、3人ともいい歳ですしもう見納めの覚悟をしていただけに。またもう一回見られるのかなあ…

 

3. Air & Lack Thereof /James Blake

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 ジェイムス・ブレイク、てっきり「CMYK」からの人だと思っていて見ていなかったのですが、それ以前の作品のまあ素敵なこと…エッジ―過ぎない不穏なテクスチャーのシンセ、大胆に変調されたボーカルなど現在までの特徴も既に発揮されていますが、「ポスト・ダブステップ」と言うラベルがつくギリギリ前の、クラブへの目線が大いに感じられて好きです。(HEMLOCKから出すくらいだから当たり前ですが)彼のすごさはここから逸脱していったところにある、というのはわかりますし僕も「James Blake」以降の作品は大好きですが、やっぱりこの人トラックメイカーじゃないか!と感じさせてくれた1枚です。最近リリースされた新譜がこの頃の匂い漂うクールなものでした。

 

4. Sixteen Oceans / Four Tet

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 好みド真ん中のアルバムが出てしまいました…スッキリめに仕上げたローエンドの処理、飾りすぎないリズムマシンサウンド、空白の作り方が実に巧みなフレージング、冗長にならない尺にまとめるバランス感覚と、本当に全部が最高です。今年僕が作った曲たちはこのアルバムのムードにかなり触発されています(顕れ方は結構違いますが)、記事の最後に名前を挙げたScubaもそうですが、やはりベテランは強いなあと。The Lot RadioというネットラジオFour Tet がDJプレイをしている動画も素晴らしいので是非。

 

5. エアにに / 長谷川白紙

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  ぶっ飛びました!ぶっ飛びましたよ!1年遅れでね!名前はめちゃくちゃ目にするけど聴いていなかったなあと思って聴いたのですが、和声とリズムに対する偏執的なこだわりがビンビンに感じられるのにポップソングとして十二分に成立しててたまげましたし、絶対に自分が好きなものを好きな人に違いないと感じました。案の定サカナクションにかなり大きく影響を受けているらしく、自分の耳も捨てたもんじゃないなって(照) 冗談はさておき、本当に久しぶりにリアルタイムで触れ続けたいミュージシャンと出会いました…D.A.N.以来かもしれない。M5「風邪山羊」、M9「山が見える」が特にお気に入りです。

 

 今年は家に居ることが多く、あまり音楽をたくさん聴いた年ではありませんでした。(部屋にいると聴くよりもDAW立ち上げてギター弾いたりトラック作ったりで遊んでしまうので)上に挙げた5個以外にも、今年自分の趣味に入った作品をいくつか挙げておきます。本当にロックバンド然としたものをあまり聴かなくなっているな…

 

Utopia / Darius

Mo Kolours / Mo Kolours

Bonito Generation / Kero Kero Bonito

Triangulation / Scuba 

It Is What It Is / Thundercat

消えない / 赤い公園

Behaving Like a Widower / Yoko Duo

A New Place 2 Drown / Archy Marshall

Man Alive! / King Krule

C3 / Base Ball Bear

 

 それでは、来年も僕とみなさんに素敵な音楽との出会いがありますように。よいお年をお迎えください。

サカナクションと「雨」について

 

 こんにちは。こんばんは。おはようございます。今回は、日本のロックバンド・サカナクションの歌詞に頻繁に登場する単語の中でも特に印象深い「雨」に注目し、全楽曲の作詞を手がけている山口一郎氏が「雨」をどのように捉えどのように使ってきたのか、そしてそれがバンドや山口氏の歩みとどう関連しているのか考えます。(学校の課題で書いたものの口調を改めているだけなので多少硬い文になっていますがご容赦ください。笑)

 サカナクションは2007年にAL「GO TO THE FUTURE」でメジャーデビューしたバンドで、当初はメンバーの地元である北海道の札幌を拠点に活動を行っていました。3rdAL「シンシロ」制作中から東京へ進出し、初のシングル「セントレイ」をリリース。フォークソングをルーツに持つ山口氏の歌、ダンスミュージックの意匠をロックバンドのフォーマットに昇華させたサウンドで徐々に人気を獲得し、2013年にはAL「sakanaction」で自身初のオリコンチャート1位を獲得。その年にはNHK紅白歌合戦にも出場し、トップアーティストの仲間入りを果たしました。

 そんなサカナクションの歌詞において「雨」は、CDリリースされており歌詞が存在する80曲中15曲に登場し、7枚のフルアルバム及び各アルバムの制作期にリリースされたシングルのカップリング曲にバランスよく散りばめられています。以下に「雨」が登場する楽曲をまとめます。

 

1stAL「GO TO THE FUTURE」(2007)

・あめふら

・フクロウ

2ndAL「NIGHT FISHING」(2008)

・雨は気まぐれ

・アムスフィッシュ

シングル「セントレイ」(2008)

・Ame(A)

3rdAL「シンシロ」(2009)

・Ame(B)

4thAL「kikUUiki」(2010)

・明日から

・壁

シングル「ルーキー」(2011)

・スローモーション

5thALDocumentaLy」(2011)

アイデンティティ

・モノクロトウキョー

6thAL「sakanaction」(2013)

・夜の踊り子

・なんてったって春

7thAL「834.194」(2019)

・陽炎

・モス

 

以上の曲を主に扱います。また、基本的に「1枚のアルバムをリリースするまで」を活動の一区切りと捉えます(例えばシングル「セントレイ」は2ndALと同じ2008年にリリースされた作品であるが、3rdALに向けた楽曲として考えます)。

 

1.「雨」とは何なのか?

 山口一郎にとって「雨」は何なのか、これを示すような描写は2ndまでの札幌時代において多く見られます。「あめふら」では“心に雨 にじむ僕の白い一直線”、「フクロウ」「アムスフィッシュ」では“悲しい雨”、そして「雨は気まぐれ」では“雨は気まぐれな僕のようで 僕そのもののようだ”と歌っています。

基本的に悲しみ、及び後ろ向きのイメージと結びついていることが分かります。そしてその悲しみや淋しさや不安は、自分の心に降るものでありながら自分そのもののようでもある、と。「自分の多くを形成しているもの、かつ外からやってくるもの」として私が思い浮かべるのは「水」です。山口氏も悲しみと「水」のイメージを合わせて表現できる言葉として「雨」を用いているのではないでしょうか。雨にネガティブなイメージを持たせる人は作品を作る人に限らず多いです。しかし、それを客体としてだけではなく同時に自分自身の比喩としても用いているのが彼のユニークな点だと思っています。

そして、こうした「雨」のイメージはその後もこの時期までの山口氏自身、つまり彼の思春期及びモラトリアムの象徴として固定されていると考えます。次項では東京進出後の「雨」が含まれている楽曲を時期ごとに追いながらその点について見ていきます。また、いくつか上記のイメージから外れた例外的な楽曲もあるが、それらについてはその都度補足していきます。

 

2.「雨」はどのように用いられているのか?

 [1]「シンシロ」期

・Ame(A)

 この楽曲は初のシングル「セントレイ」のカップリング曲として制作されました。冒頭で“雨は気まぐれ つまり心も同じ”と歌っており、「雨は気まぐれ」と重なります。このシングルは表題曲で東京に出てメジャーシーンへと本格的に身を投じる覚悟を表現しており、曲調も今までになくアッパーなものになっています。反対に2曲のカップリング曲ではマスを意識しない、自分たちの本質を突き詰めた楽曲を配置しており、「Ame(A)」では「雨」を自らのアイデンティティとして従来と同じように用いていると考えます。

・Ame(B)

 AL「シンシロ」のオープニングナンバー。この曲は先に述べた例外的な楽曲で、“アメ”という言葉は心情が先行して出てきたものではありません。

僕たちが思う〈ふざけたダンス・ロック〉を作りたかったんですよ。ライヴも想定すると、歌なしの“Ame(B)”をSEにしてみんなが出てきて、セッティングができた段階で「アメ!!」って歌い出す(笑)。

TOWER RECORDS ONLINE「インタビュー:サカナクション」より https://tower.jp/article/interview/2009/01/15/100041046

 

 このようにサウンドから作られた楽曲であり、歌詞は意味よりも響きの面白さを重視してつけられたものです。山口氏は度々「リズムが意味を上回る瞬間がある」と発言しており、その代表的な例と言えるでしょう。

 

[2]「kikUUiki」期

・明日から

 この頃から「雨」に対する距離の取り方に変化が見られます。この楽曲では「悲しみは雨か霧」と従来と同じ捉え方で「雨」を用いていますが、同時に“悲しみは置き去り”と、「雨か霧」であるところの「悲しみ」を振り払う内容になっています。続く部分で“通り過ぎた日々は化石”“僕らは流されていくよ 『明日から』って何もかも捨てて 追いかけることさえできなくて”と歌っていることからも明らかでしょう。この頃はサカナクションが東京に移ってしばらく経ち、拡大していくフェスでどうやって勝つか、という戦略的な意識が増大していった時期であり、「戦略もバンドの表現の一部である」と宣言してメジャーシーンに挑む中で、札幌時代の自身の象徴である「雨」はリアルな自分の姿ではなくなったのだと考えます。

・壁

 この楽曲は山口氏が10代の頃に作ったものを再録したものであり「雨」は自分に身近なものとして歌われている、例外的な楽曲のひとつです。アルバムの他の楽曲と比べても、歌詞全体の筆致から札幌時代の空気が漂っています。

 

[3]「DocumentaLy」期

アイデンティティ

「スローモーション」が収録された「ルーキー」より先にシングルとしてリリースされた楽曲であるため、はじめに取り上げます。“風を待った女の子 濡れたシャツは今朝の雨のせいです”という一節を直後に“そう 過去の出来事 あか抜けてない僕の思い出だ”としていて、「明日から」にも増して「雨」を遠くから見ていることが分かります。しかしさらにその後では“これが純粋な 自分らしさと気づいた”“どうしても気づきたくて そう 僕は泣いているんだよ”と、それを求めているような箇所もあり、レコード会社との契約のために曲を作らなくてはいけなかったり、ヒットソングを狙って作らなくてはいけなかったりと、自由な創作ができないことへのストレスが現れていると考えます。「kikUUiki」収録の「Klee」やこの楽曲のカップリング曲である「ホーリーダンス」など、この前後からそうした制作に苦しむ自分の姿を描いたメタ的な視点の楽曲も見られるようになります。

・スローモーション

 この楽曲は、東京で降る水分の多い雪が地元のそれに比べゆっくり降るように感じたことから故郷に想いを馳せている曲で、“淋しいのは雪から雨に変わったせい”という一節でそれが表現されています。心情ではなく目の前の現象から「雨」を持ってきたため、「雨」が郷愁ではなく都会の淋しさを感じさせる語になっている例外的な楽曲です。

・モノクロトウキョー

 ストレートに都会の虚しさとそれに慣れた自分への淋しさを歌った楽曲です。“そう 絡み合う電線を見上げ僕は ほらアクビをした そう からからに乾いてる心は 心は雨を待ってるんだ”と、「アイデンティティ」に比べても明確に「純粋だった自分への憧れ」を打ち出しており、同時にそれを取り戻せないことや、取り戻せないと知っていながら求め続けてしまう自分を情けなく思う気持ちが後半の“心は何を待ってるんだ”に表れていると感じています。

 

[4]「sakanaction」期

・夜の踊り子

 この楽曲はCMタイアップのついたシングル曲で、山口氏は歌詞について「全て妄想」としています。したがってサカナクションには珍しくこの楽曲は歌詞の語り手が山口氏自身ではない例外的なものです。既に過去のものであるはずの「雨」が“雨になって 何分か後に行く”というようにリアルタイムの目線で語られており、他の楽曲と異なったもののように書かれているのはこれが理由でしょう。

・なんてったって春

 この曲は、東京の気候や人々の様子を新鮮に思った山口氏が「この新鮮な気持ちもきっとなくなってしまうものだ」と考え、それを閉じ込めようとした曲です。後半の“段々君は大人になっていった”“段々僕も大人になっていった”という一節で都会に慣れ、擦れていくことへの淋しさが表現されているのでしょう。反対に前半の“明日は雨予報”では「大人になっていく」前の自分を表現しているように感じられます。

 

[5]「834.194」期

 「sakanaction」のヒットで自らの想定以上にバンドの規模を拡大した山口氏はそれまで以上に「純粋な創作」と「作為的な制作」のギャップに苦しみ、次のアルバムをリリースするまでに6年もの歳月を要しました。そんな中作詞のテーマに置いたのが「如何にして無作為を作為的に作り出すか」ということでした。

・陽炎

 “次の海下る雨の理由を 探し続けてる 赤い空を僕は待った”の一節に大きな思いが込められているように感じます。まず“赤い空”の「赤」は、「kikUUiki」に収録されている「目が明く藍色」の「メガアカイイロ」から引いてきたものだと思っています。「目が明く藍色」は、中学生の頃に見た「知らない女性に『目が明く藍色、目が明く藍色よ、一郎くん』と繰り返し言われる」夢が元になった楽曲であり、自身が「これ以上の曲ができることはないと思う」としているものです。最も純粋な自分の作品の象徴「赤」を待つ、そして「雨」の理由を探し続ける、というこの一節は「無作為を作為的に作り出す」ことへ挑戦する自らを表現したものであるのでしょう。

・モス

 この楽曲は、「マジョリティ(メジャーシーン)の中のマイノリティ」であるサカナクションの立ち位置と、常に自分たちがどう見られているか、どう在るべきかを俯瞰的に考えている様子を“三つ目の眼“を持つ蛾になぞらえた楽曲です。“雨に打たれ羽が折りたたまれても”と「雨」が登場しますが、これは蛾をモチーフにしたことから導かれたものであり、山口氏の心情と深く結びついたものではない例外的な楽曲だと考えます。

 

3.どのように「雨」と折り合いをつけたのか?

 以上のように「雨」について見てきました。そして山口氏が「作為的な無作為性」へと辿り着くにあたって欠かせなかったのが、「雨」、つまり札幌時代の自分との決着です。氏は「834.194」リリース時のインタビューでこう語っています。

 やっぱりファースト、セカンドの感覚が1番ピュアだなと思う。というか、あの時の純粋さが、いつしか自分の中で憧れになってたんですよ。それを取り戻したいってずっと思ってたけど……山下達郎さんとかも言うけど、永遠の少年って心をどれくらい保てるかっていうのがクリエイターのひとつの肝だなっていうのはわかってるんですけど、この作品を作って、少年という感覚よりも成熟した今の自分がそこに対する憧れを持ってる、それを歌にすればいいんだなっていうのがはっきりわかったんですよね。

(FACT「MUSICA」 2019年7月号より)

こうしたスタンスがもっともよく表れているのが、「834.194」に収録されている「忘れられないの」の歌詞です。

“素晴らしい日々よ 噛み続けてたガムを夜になって吐き捨てた”と、もう味のしなくなった過去を諦め、“つまらない日々も 長い夜もいつかは思い出になるはずさ”と現在の自分を許す。そのうえで“夢みたいなこの日を 1000年に1回くらいの日を 永遠にしたい この日々を そう今も思ってるよ”と歌い、目指すものは変わっていないと力強く宣言する姿は非常に美しく、素晴らしいものであると感じます。

 純粋さへ執着し続けることよりも「純粋さへの憧れ」を真っ直ぐ表現することが今の自分にとってリアルなことである、という諦めと開き直りは彼にとって大きな意味を持つものであったと思います。これを経て今後の作品において「雨」がどのような変化を見せるのか、注目して見届けたいです。

 

《参考資料》(文中で引用していないもの)

・FACT 「MUSICA」2015年8月号

・ビクター・エンタテインメント サカナクション「魚図鑑」

リットーミュージック 「サウンド&レコーディングマガジン」2019年8月号

・moon echo(https://note.com/sakanashinsho )

ヴェルディは楽しい:後編

 後編です。こっちの選手紹介が書きたくて始めたんだぜ。2020シーズンのヴェルディの選手について、試合に絡んでいる選手を中心に個々の印象を書いていきます。

 

今回のお品書き

①現在のヴェルディはどういうクラブなのか?

②追いかけていて何が楽しいのか?

③試合に絡んでいる範囲での選手紹介 ←ココ

 紹介の文章中は敬語やめてみます。そっちの方が自然に書けそうなので。

【GK】

31 マテウス

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 去年までの守護神、上福元直人の流出に絶望していた我々に差し込んだ光明。「U-20ブラジル代表経験あり」という文句に漂う地雷感は全くの杞憂で、丁寧なポジショニングと安定したセービング、それでいて足下の技術も申し分なく、近年の助っ人GKブームにも納得させられる優秀なキーパーでございました。真面目でプロ意識が高いところもしゅき。あとクロスボールに対して飛び出す時の「キーパー!」というかけ声が日本に来てから覚えたのか?ってくらいぎこちなくてかわいい。

1 柴崎貴弘

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 チーム最古参かつ最年長。基本的にはずっと第2GKとして選手人生を送ってきた苦労人。ベテランなだけあって流石に現代サッカーに求められる足下は備えていないものの、シュートストップには目を見張るものがあり、この選手をベンチに置いておける安心感は他に代え難い。プロレス好きが高じて(?)年々見た目がプロレスラーみたいになってきている。

【DF】

2 若狭大志

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  寿司屋の板前感あふれる風体ですが、実に器用なプレーぶり。CBと右SBをそつなくこなす若狭抜きに今季の可変システムは難しいのでは?前線にパスをつけるタイミング、攻撃参加への意欲、肝心の対人守備と、一通り求められる能力を兼ね備えており、調子にムラさえなければもっと主軸になれるのに…という選手。自分でアルバイトして大学の学費を稼ぎながらサッカーをしていた上に「安定した仕事がいい」と本気で就活もしていた真面目な人である。

3 近藤直也

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 元日本代表。プレー時間は少ないが、特に今季は出場すれば流石だなという働きを見せてくれる。ラインの統率、的確なコーチング、迷いなくファウル覚悟でタックルにいけるハート…経験のなせる技でもあるが、とてもクレバーな選手。この人がサブであるという事実が今年のDFの充実っぷりを表していると思う。

5 平智弘

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 ユース→大学サッカー→町田を経てヴェルディに帰還したセンターバック。どうにも軸になりきれない、といったパフォーマンスが続いていたが今季はDFリーダーとして一本立ち。選手として今までで最も充実している時期である。左利きのCBであるというそれだけで価値のある存在だけに、平の成長は本当に嬉しい。今やJ2屈指のエアバトラーでもあり、注目の選手。

6 高橋祥平

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 ユースからトップチーム昇格を果たし、J1に引き抜かれてから8年。このクラブを愛してやまない人間がまた1人帰ってきてくれました。前編で書いた「チームの経営のために売られた選手」の1人で本人も移籍を望んでいなかったというのがこの度明かされて泣いたともさ。社長が「絶対にもう一度戻すから」と約束していたそうで、30手前の今果たされて本当によかった。J1通算150試合出場は伊達ではなく、J2において別格のプレーを続けている。ヤンチャ小僧だった祥平がキャプテンマークを巻くようになるなんて…(今もヤンチャだけど)足下も確かで、攻撃参加も魅力。

16 福村貴幸

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 今季の大当たり補強の1つ。J3アシスト王の実績を引っさげてやってきた今季も既に8アシスト。J2アシストランキングでもトップにつけている。左足の精度はまさに一級品でお金が取れるキックだなあと惚れ惚れする…フリーキックでのセンタリング、毎回マジで同じ弾道を描くんですよ?アシストプレー以外の物足りなさもあるのが正直なところで、さらなる成長に期待したいところ。顔の割に明るいキャラでルーキーにもめちゃくちゃイジられている。

17 クレビーニョ

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 自由人。フラメンコからやってきたこちらも年代別ブラジル代表経験のある逸材。確かにフィットネス、ボールテクニック共に申し分ないのだが、どうにも動きがフリーダムすぎる。レギュラーを掴みきれないのも正直納得はする。しかし愛される選手ってこうだよなあというか、プレーも仕草も愛嬌たっぷりで選手にもサポーターにも人気の存在。自信満々でPKキッカーを志願して盛大に外しても大笑いされて終わるのなんてウチじゃクレビしかいない。ロマンは感じる選手なので頑張ってくれ。

【MF】

9 佐藤優平

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 マリノス出身なのにめちゃくちゃウチの人っぽい雰囲気がある。キックの質はお世辞抜きにJ2屈指で、責任感も強く運動量豊富なのだが、そこが仇となってつい全部自分でなんとかしてしまおうとするクセがあるのが玉に瑕。能力は高く数字は残す(ここまで5ゴール5アシスト)ので使いたいのだけど、チームのストラクチャーを優先すると難しい…もうひとつ頭の切り替えができると上のレベルの選手になれるんだけども。

11 井出遥也

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 今季の補強の中で1番デカい名前なのではないか。元ジェフの至宝。やはりドリブルが1番の魅力で、相手と対峙した時にスッと真っ直ぐ立ち上がったニュートラルな姿勢をとれるのは強い。まっすぐ立っただけで空気を支配できるドリブラーは日本人にはなかなかいないと思う。クリロナが仕掛ける時にも似たワクワクを感じさせてくれるが、もう少し直接的な数字が欲しいところではある。

14 森田晃樹

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 ユースから昇格2年目。永井監督の懐刀と呼ぶにふさわしい選手で、ユース時代から慣れ親しんでいる永井サッカー1番の理解者。十徳ナイフみたいな選手で、ビルドアップ時のポジショニング、独力での打開、DFラインを無力化するパスと、攻撃の全てのシチュエーションにおいて効果的な働きをしてくれる。中でも「相手の逆を突く力」はずば抜けており、囲まれていてもスルスルとボールをキープしてくれる。こちらもゴール・アシストが付いてくるようになると最高なんだけど…かなり推しの選手。

4 澤井直人

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 ユース昇格7年目。永井監督が現役時代から目をかけていた選手で、さあこれから、という時に大怪我を負ってしまい、復活の途上。フランス2部へのレンタル移籍を経て逞しさを増し、より万能型の選手へと変貌を遂げていく予感。J2では負けないだけのパワーがあるので、もう一度突き抜けた活躍をしてほしいところである。監督は「澤田」と呼び続けているが、間違えているわけではありません。

20 井上潮音

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 ユース昇格5年目。永井監督に「潮音が昇格してきて、自分は引退するべき時なんだと感じた」、ロティーナ元監督に「シオンは我々にとってメッシのような存在」と言わしめたヴェルディの至宝。まるで未来が分かっているかのようなプレーをする。ここ数年は殻を破れずにいたが、今年は遂にひとつ突き抜けた感がある。チームを背負う自覚がプレーの端々に現れており、年齢もあってこの人が引き抜かれることがちょっと想像しにくくなってきている。次代のバンディエラ筆頭候補。

21 山本理仁

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 ルーキーの年齢だが、去年飛び級で昇格したため2年目。存在のスター性では潮音以上のものがあり、永井監督は「中村俊輔を超えることが十分に可能だ」と表する。意識バリ高い系かつ王様タイプで、自分がチームを操ることがさも当然のことであるかのようなプレーぶり。左足のキックも魔法を起こせるものだし、遅かれ早かれ海外に行く器なので要注目。

36 藤田譲瑠チマ

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 ユース昇格1年目。ジョエル。今季最大の発見。潰せる、捌ける、運べる、アンカーとして完璧な能力を持っている。徐々に得点に結びつくようなパスやミドルも増えてきており、まだまだ伸びていけるはず。ヴェルディのみならず日本人でこれはなかなか出てこないというタイプで、遠くないうちに欧州が放っておかない存在になると思う。J2全体でも注目される選手で、ホントいつまでウチにいてくれるやら…大久保嘉人が目をかけており、いつも大声でゲキを飛ばされている。

18 新井瑞希

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 去年途中から加入。本田が持ってたオーストリアのSVホルンに行っていた選手で、ドリブルとカットインからのミドルが魅力。しかしワンパターンなところも否めない部分があり、縦にも行けるようになれば怖い存在になれるだろうな…と思っていたら今季はそこへの取り組みが感じられるプレーが多い。前節の愛媛戦では縦へのチャレンジ、さらに左足でのゴールも記録し、覚醒のきっかけが来たかもしれない。こんな顔していびきがめちゃくちゃうるさいらしい。

19 小池純輝

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 去年7年ぶりに復帰したベテラン。それ以前はSBでのプレーも多かったが、昨季はウィングのポジションで16ゴールの大活躍。今季も7ゴールで現時点のチーム得点王である。スペースを見つける力が高く、ファーストコントロールとシュートの技術も33歳にしてどんどん向上しており、畏敬の念さえ覚える。娘の甜歌ちゃんがかわいい。

【FW】

13 大久保嘉人

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 言わずと知れた名ストライカー。ではあるものの、未だにゴールは0…どうにもチーム内のタスクを理解し切れていない印象で、随所に流石だなというプレーは見せてくれるものの軸にはしきれない状態。CFのポジションからついつい下がって受けてしまうよくない時のクセが出てしまっているような。もっと得点に集中してくれたらいいのになあと思います。来年も見たいですけどどうなるかねえ…

25 端戸仁 

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 加入2年目。あと5年早く来てくれりゃなあ!という選手。非常に器用で、サイズがないにも関わらず前線できっちりキープできるし捌けるし、シュートシーンにもキチンと顔を出せる。チーム内で1番CFの動きを理解しており頼もしいのだが、タスクが多すぎてゴールが少ないのが気の毒でならない…

48 山下諒也

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 大卒ルーキー。抜群のスピードで即チームでも有数の武器になってみせた。前にスペースがある時にはまさしく無敵で、対応しきったDFはまだいないのではないか。足下の技術はまだ物足りないのと、相手と向かい合った状態でのドリブルでは何も見せられていないので、そこが伸びてくれば海外・代表も見えてくる逸材。足の速い選手にありがちな雑なプレースタイルではなく、プレスのかけ方にもインテリジェンスを感じるし、フィジカルでの競り合いもそこそこやれる。とにかく楽しく見ていられる選手。

 

 他にも魅力的な選手がいますが、とりあえず主に試合に絡んでくるのはこのへんのメンツかなあと。もしDAZNヴェルディの試合を見ることがあったら(あるのか?)参考にしていただければ幸いです。

ヴェルディは楽しい:前編

 今回は普段の話題から大きく離れますが、Jリーグのクラブ・東京ヴェルディについて書いてみます。音楽と同じくらいサッカーが好きでして(ギターを始めるまでは10年サッカーをやっていましたし)、2007年から継続してヴェルディを追いかけています。友人と試合を見に行く約束を取りつけたので、踏まえると楽しい前提について説明するのにこのブログを使ってしまえ、という経緯です。

 

今回のお品書き

①現在のヴェルディはどういうクラブなのか?

②追いかけていて何が楽しいのか?←ココまで

③試合に絡んでいる範囲での選手紹介 

 

①現在のヴェルディはどういうクラブなのか?

 流石にもうヴェルディに「かつての強豪」というイメージを持っている人もあまりいないでしょうか…あの頃とは全く別のものだと思っていただいて大丈夫です。2008シーズンのJ2降格と日テレの赤字に伴う強化費の大幅削減、2009年の日テレのスポンサー完全撤退から”現在のヴェルディ”が始まると言っていいでしょう。資金的な後ろ盾を失ったチームにすぐさまJ1に返り咲けるような体力は無く、2010年にはチームの存続すら危ぶまれる経営危機に直面します(クラブハウスや練習場も手放す話が出たほどのようです)。

 シーズン途中でのJリーグ退会は不可能であることからJリーグが直接経営再建に乗り出し、当時の事務局長であった羽生英之氏が事務局長との兼任で社長に就任(その後翌年から現在まで社長を専任)、クラブ存続への道を探り続けてくれました。そしてスポーツショップを展開するゼビオグループがスポンサーに名乗りを挙げてくださったことで、どうにか存続の危機は脱することができました。羽生社長、そしてゼビオ様には本当に頭が上がりません。

 しかし経済的には本当にギリギリで、その後も育成上がりの有望株を他チームに売却してはJ1をお払い箱になったコスパに優れるベテランを獲得、という形でどうにかチームとしての力を落さずに済んでいるだけの状況が続きます。そのベテランもせいぜい2~3年の活躍しか望めません。2014年、このままでは疲弊していくだけだと判断した社長は「このクラブは下部組織出身の選手を軸にしたチームに生まれ変わります、だから今年はジャンプのためにしゃがみ込む年にさせてください」と異例の声明を出し、ユースから一挙に6人の選手をトップに昇格させます。ユース監督だった富樫剛一氏がシーズン途中からトップチームへ昇格、20位でシーズンを終えどうにかJ2残留を果たしました。

 翌シーズンからチームは少しずつ好転し始めます。成績こそ振るわないものの、若手がチームの主軸となったことで売却時の価格も上昇。スポンサーもつくようになり、少なくとも「チームの経営のために売らなくてもいい選手を売る」ことをする必要はなくなりました。2017年にはかつてラ・リーガエスパニョールやビジャレアルなどを率い一定の実績を残してきたミゲル・アンヘル・ロティーナ氏を招聘。欧州スタンダードの戦術をベースに着実に勝ち点を積み上げ、ロティーナのいた2年はどちらも昇格プレーオフに進出。2018年にはJ1チームとの入れ替え戦までコマを進めることに成功しますが、それでもJ1復帰を果たすことはできませんでした。

 ロティーナ退任後、アジアの代表サッカーで実績を持つ若手指導者、ギャリー・ホワイト氏を監督に迎えチームは欧州路線継続へと舵を切ります。しかし「ロティーナの2年間でチームはヨーロッパ式の戦いを身につけた」と判断していたフロントと実際の選手の戦術リテラシーの間には大きな乖離があり、ギャリーは本来したかったことにほとんど手をつけられないまま成績不振で解任の憂き目に遭ってしまいます。7月からは永井秀樹氏がユースからトップチーム監督へ昇格。そのまま今に至る…というのがヴェルディのJ2暮らしの大まかな流れです。

 現在のチームについてもう少し書いておきます。永井監督はマンチェスター・シティグアルディオラ監督及び彼の師匠である元神戸監督のファン・マヌエル・リージョ氏を師と仰ぐ、現代欧州サッカー志向の監督…ということになっています。一応は。実際に後方からのビルドアップについては丁寧に仕込まれていますし、常に立ち位置に気を配るサッカーはそのような要素も感じられますが、実際の攻撃の形は現在の川崎フロンターレにより近い印象です。シーズン途中から就任した昨年はなかなか監督の理想を体現できないままでしたが、今シーズン、特に再開後からは見違えるようなサッカーを繰り広げていると思っています。この辺りは「ふかばのnote」、「みどりのろうごく」に詳しいです。

ふかばのnote

みどりのろうごくblog

 

②追いかけていて何が楽しいのか?

 まず、スポーツクラブを応援するというのはそういうものですが、「だって好きになっちゃったんだもん」というのが1番の答えです。理由があって好きになるのではなく、好きになっちゃったから応援するのです。

 そんな中でも「だからこのクラブを応援し続けよう」という理由は当然あり、もっとも大きなものはやはり下部組織です。現在もっとも多くのJリーガーを輩出している組織であり、ここ数年は日本代表にも数多くのヴェルディ出身選手がいます(ここ数年招集経験を持つのは中島翔哉安西幸輝、三竿健人、畠中慎之輔など)。毎年とびっきりの魅力を持った選手が現れては頭角を顕し、壁にぶつかりながら成長して羽ばたいていくのは寂しくもとても素敵なことです。彼らの意識が「チームの中でいかにポジションを得るか」から「いかに自分がチームを勝たせるか」へと変貌したのがプレーに現れだした瞬間ほど熱い気持ちになることはなかなかありません。それは即ちその選手が遠くないうちに上のカテゴリーへと引き抜かれていくことでもあるので複雑ですが。

 もうひとつ、今のヴェルディに魅力を感じるのは株式会社アカツキと取り組んでいるリブランディングが大きいです。2019年よりアカツキがトップスポンサー、並びにヴェルディの株式を取得して経営にも参画しています。アカツキは「ロマンシングサガ」などが代表作のゲーム会社ですね。創立50年を機にエンブレムを変更し、「ヴェルディが顧客を奪い合う相手はFC東京ではなくサッカー以外のレジャーである」との発想から「総合クラブ化」を宣言。20近くのスポーツに参戦し、今後はスポーツ以外のカルチャーに対する取り組みも考えているそうです。ユニフォームのデザインや煽り映像、スタジアムのBGMに至るまで「ヴェルディを応援すること=カッコいい、イケてること」という図式を目指して取り組んでいる中それが評価され、先日のグッドデザイン賞受賞というご褒美もありました。ピッチ上の目標より先に「どういうクラブになるのか」が明確に打ち出された上で次の50年を見据えて歩む姿はとても健全で魅力的に映りますし、なんとか結果に繋がってほしいと願うばかりです。

www.brand.verdy.co.jp

 まとめるなら、「先に愛してしまったから」「愛していけるチームだったから」です。ピッチ上の現象は二の次よ。

 

少し長くなってしまったので③は後編に改めます。では。