ヴ(ォイ)ログ

音楽、機材、サカナクションの話

セルフPA入門~すべての軽音サークル・軽音楽部に捧ぐ~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【はじめに】

 

 この記事は、私自身の今までの経験や知識の蓄積を可能な限り閉じ込めるとともに、読んだ人が手順を覚えるだけでなく、自分で判断して行動できるようになるためのベースとなる情報や原則を得られるものになることを目指して書かれています。私は専門的な教育を受けた人間でもプロでもありませんから、情報の誤認など多々あるかと思われますので、すべてを鵜呑みにすることなく、あくまで参考程度にしていただければと思います。

 内容は敢えてかなり網羅的にしてあり、とても長いので、目次を参考にその時知りたいことやあまり自信のない部分だけ少しずつ読んでいただければ…

 実際にオペレーションを行う人でなくても、自分が出した音がどのようなプロセスを経てメインスピーカーから出力されているのかを知ることで、転換やリハーサルの円滑化、さらには自分の音作りにも役立てることが可能だと思っています。斜め読みでも、是非一度目を通してもらえればと思います。

 

 まず、PAとは何なのでしょう?PAは、公共伝達(Public Address)の略語です。ステージ上の音などを観客に届けることを指し、語義からすると音楽ライブに限らないものであるようです。ちなみに本稿が言う意味での音楽ライブにおけるPAは、海外ではSound Crewと呼ぶことが一般的であるとのこと。

 ここからは全くの私見ですが…PAは演奏者と観客とを繋ぐメディア(媒介者)です。ステージ上の演奏という情報を最も魅力的な形で観客に届けることができるかはPAにかかっています。そして、情報は、そのPA次第でいとも簡単に欠落し、或いは歪曲させられてしまう危険もはらんでいます。

 フェーダーを握る全ての皆さんには、その責任を常に忘れないでもらいたいと思います。あなたが取り扱っている電気信号は演奏者が努力と訓練を積み重ねた末に出力した演奏であり、観客が自らの限られた時間を使って聴きに来るほど待ち望んでいるものなのです。

 

 本題に戻りましょう。軽音サークルにおいて、外のライブハウスを使わないセルフでのライブを行う上でPAが関わるものは、

 

・設営(機材の搬入、設置、配線)

・リハーサル(各パートのサウンドチェック、全体バランスのチェック)

・転換(演者の入れ替えと機材セッティング。転換と簡易的なリハをまとめて行う「転換リハ」の形をとる場合が多い)

・本番でのオペレーション(主にミキサーの操作)

・撤収(配線を外す、機材の片付け、搬出)

 

 この辺りになるかと思います。読んだ後、この5つについての不安がなくなっていれば最高です。それでは、どうぞお付き合いくださいませ。

 

【第1章:機材について】

 

 まず、設営・PAオペレーションをする上で必要となる機材に関する知識を軽くまとめておきます。

 

〈信号の流れを知ろう〉

 ステージで演奏された音は、どこを通ってオーディエンスに届いているのでしょうか?ここでは以下の流れを示しておきます。

 

  • 楽器から音が出る
  • マイクやDIを用いて収音する
  • ミキサーで各パートのバランスを整える
  • A: (パワーアンプを経由して)メインスピーカーへ

    B: (パワーアンプを経由して)演奏者の足下にあるモニタースピーカーへ

 

 読み進める中で「今どこについての話してるんだ…?」と思ったらこのフローを見直してみてください。また、エフェクトボードを組むギタリストならわかる人も多いと思いますが、「楽器から出た音がどのような過程を辿ってアンプ/スピーカーから出るのか」を理解することは非常に重要です!これが頭に入っていると設営や撤収、トラブル時の原因特定もスムーズに行うことができると思います。

 

〈返し/モニターについて〉

 よく、「返し」「モニター」という言葉を耳にすると思いますが(おそらくこれを読むくらいの人は知っていることだとは思いますが)、返しもしくはモニターとは、演奏者が演奏のために自分の音、他のメンバーの音を聴くことを指します。モニター用のスピーカーは、演奏者の足下に置かれることが多いため、「コロガシ」と呼ばれることもありますね。ミキサーからモニタースピーカーには、メインスピーカーとは異なったバランスで音を送ることが可能です。

 適切なモニタリングは、パフォーマンスのクオリティに大きく寄与する大切な要素です。ボーカルを例にとると、自分の音をしっかり聴けること、また他のパートが聴こえることでキーをとりやすい…など。楽器陣を例にとると、自分の音をしっかり聴ける(モニタースピーカーを使わずに済めばより良いですが)と弾きやすい、またボーカルが聴こえると構成を間違えづらい…などなど。

 理想は、各メンバーにひとつずつスピーカーを用意できることですが、そんな潤沢な機材を持っているサークルはほぼないので、「ドラム横+ステージ前面に2~3個」が一般的な形になると思います。メンバーが5人を超えるステージではうまくやりくりしましょう…また、「できるだけモニタースピーカーに頼らない工夫」も大切になってきます。詳しくは4章「オペレーションの原則について」にて。

 

〈マイク、DIについて〉

 楽器の音をミキサーに送る方法として、

 

  • マイクで収音する
  • DI(ダイレクトボックス)にライン信号(まだ音になっていない電気信号)を入力する

 

の2つが考えられます。マイクは「空気の振動を電気信号に変換するもの」、DIは「信号のインピーダンスを下げるもの(インピーダンスについては後述)」ですね。つまりは、「ミキサーに送られる音は電気信号の形である」という原則があります。

 

ダイナミックマイク

 ライブで使うボーカルマイクや、ケーパースで持っている楽器用マイクのほとんどがこのタイプです。動作に電源が不要、衝撃や湿度にある程度強い、比較的安価である、などの特徴があります。

 

コンデンサーマイク

 私のサークルで使うものでは、ドラムの頭上に立てるオーバーヘッドマイクのみがこのタイプです。また、レコーディングで使われるボーカルマイクはほぼコンデンサーマイクです。動作に電源が必要、より繊細な音を収音できる、衝撃や湿度に弱い、比較的高価である、などの特徴があります。値段はピンキリなんですが…

 なお、マイクが空気信号を電気信号に変換できる原理について、気になる人は調べてみてください。ザックリ言うと、ギターのピックアップと仕組みはほぼ同じです。

 

・DI(ダイレクトボックス)

 主にキーボードやアコギ(アコギにはマイクを立てるケースもあります)、ベース、同期音源のPCなどからの信号をミキサーに送る用途で使います。(ベースはアンプの音と、ミキサーを経由したラインの音が両方出ているということですね。)インピーダンスを下げる(後述)ことでノイズに強い信号を作り、ミキサーまでの長距離伝送を可能にするための機材です。

 

〈ケーブル/端子の種類について〉

 オーディオ(音声)信号の伝送に使われるケーブルには、いくつかの種類があります。代表的なものについて、いくつか説明しておきます。

 

・フォンケーブル



 ギターのシールドでお馴染みの形のケーブルです。また、イヤホン用のプラグは、方式をこれと同じくしていてサイズだけが違う「ミニフォン」と呼ばれるものですね。(変換プラグがありますよね?)モノラル用のTSフォンとステレオ、もしくはモノラルのバランス接続(後述)用のTRSフォンに分かれます。それぞれ互換性はないので注意!また、TSフォン2本をLR用に振り分けてステレオ信号を作る方法もあります。

 ちなみにT,R,Sはそれぞれ別の信号を伝送できる個々の端子を指し、TSでは2種類の、TRSでは3種類の信号をやり取りできます。詳しくは「バランス接続」の項にて。

 

・キャノンケーブル



 マイクに繋がっているあのケーブルです。XLRケーブル、あるいは単純にマイクケーブルとも呼ばれますね。3つの端子を持っており、主にモノラルのバランス接続用に使われます。

 

・スピコンケーブル



 パワーアンプとスピーカーを繋ぐためのケーブルです。スピコンプラグは、接続部のロックが可能で抜けにくいことでよく使われる形式ですが、スピーカーケーブルの端はスピコンプラグに限らず、フォンプラグだったり、バナナプラグというものだったり、銅線剝き出しだったり、と様々な場合があります。パワーアンプで増幅した大レベルの信号で、ノイズの影響を受けにくいため、バランス接続の必要はないのだと思っています。

 

・マルチケーブル

 マルチボックスとも。これは沢山のキャノンケーブルを束ねてひとつにまとめたもので、片方の端はメス型端子の集まった箱、もう片方の端は沢山のオス型端子に枝分かれしています。

 ステージ上のケーブルを一旦すべてここに入力することで、ステージからミキサーに向かうケーブルを減らして見た目をスッキリさせる、あるいは事故やトラブルを減らすために使われます。マルチボックスの各ケーブルにそれぞれ振られた番号とミキサーのチャンネル番号を対応させて接続することで、「ミキサーのch1を操作するとマルチボックスの1番端子に入力された信号を操作できる」ようになります。詳しくは設営・配線の項にて。

 

 それぞれの場面でなぜ使われる形式が変わるのかについては、「抜き差しのしやすさ(或いは抜けにくさ)」「構造ができるだけ単純(それだけ製造が容易で安価)」「ノイズ耐性」などの指標が関係していますので、考えてみるのも楽しいです。

 

〈少し踏み込んだ用語解説〉

 ここまでで登場した、普段あまり聞かないであろう単語について、ここで一度まとめておきます。本来先にやるべき説明なのですが、一度「?」と思ってもらってからの方が脳に定着しやすいかな、と思い、ここに配置してみました。これを読んでから上の文に戻るとわかりやすくなる、はず…?

 

・モノラル/ステレオ

 音空間の次元のようなもの…でしょうか?1つの音がモノラル、2つの音をひと組にして左右の広がりを表現するものがステレオです。一般的なスピーカーやヘッドホンは、LRのふたつをひと組とするステレオ形式になっています。「モノラル信号をステレオ空間に配置」などもあるので、細かく言おうとするとややこしいのですが…

 また、さらに拡張したものをサラウンドと呼び、聴取者を囲むようにスピーカーを配置してより臨場感のある音像を実現したり、近年では上下の表現も可能な360 Reality AudioやDolby Atmosといった技術も登場しています。

 

インピーダンス

 電気抵抗のことを指します。(基準のない相対的な言葉ですが)「ハイインピーダンス」「ローインピーダンス」に分かれ————つまり抵抗の高い信号と低い信号とがあるということなのですが————「抵抗が高い→信号が流れにくい→信号レベルが小さい→ノイズが大きい」「抵抗が低い→信号が流れやすい→信号レベルが大きい→ノイズが小さい」という言い換えができると、理解が楽になるかもしれません。ステージからミキサーへの伝送はかなりの長距離で、その間にノイズが全く入らないというのは、不可能と言ってよいです。そこで、ステージ上で信号のインピーダンスを下げ、低ノイズの信号を作るものがDIです!「同じ音量のノイズが乗った時、ノイズの比率が相対的に小さくなる」というのが、ローインピーダンスがノイズに強いことの理由だと考えていいと思います。

 

・バランス接続

 キャノンケーブルやTRSフォンのモノラル利用で可能な、低ノイズでの伝送を可能にする形式です。ギターシールドに用いられるTSフォンでは、T(チップ)に音声信号を流し、S(スリーブ)を設地用のグランド兼外来ノイズのシャットアウト役として用いています(ノイズから守る盾=シールドという語源ですね)。対してバランス接続は、T(チップ)に音声信号、R(リング)に位相を反転した音声信号、S(スリーブ)の用途は上と同じ…という構造になっています。信号を受け取る側の機器には、TとRの位相を合わせてひとつの信号にまとめる機構が備わっていて、「もともと逆相だった音声信号は合成されて2倍のレベルになり、伝送の過程で乗ったノイズは片方が逆相になることで合成で打ち消される」という結果が得られます(ヘッドホンなどのノイズキャンセリングはこれと同じ原理で、搭載されたマイクで外界の音を拾って逆相の音をぶつける、ということをやっています)。マイクの音をローインピーダンスに変換しなくてよい理由はこれだと思ってよいのではないでしょうか(たぶんそうだと思うけど、あまり自信ないです)。

 

・ファンタム電源

 コンデンサーマイクやDIを使う際、ミキサーからケーブルを介して送られる、48Vの駆動電源です。回路上見えない電源であることから、「Phantom=幽霊」の名がついています。ミキサー側でこれをオンにしないと、DIやコンデンサーマイクを使うことができません!また、48Vと電圧が高いため、ファンタムをオンにした状態でのケーブルの抜き差しは、大きなノイズを伴い、耳や機材を痛めるのでご法度です。「ミキサーでチャンネルをミュート→ファンタムをオフ→ケーブルの着脱」の順で行いましょう(ケーブルを挿すときはこの逆)(ファンタムのオフは省略してしまう場合が多いですが…)。

 

〈ミキサーについて〉

 ざっくり言えば、字義通り「多数の信号のバランスを整え、ステレオLRの信号にまとめる」ものです。メインスピーカー用のLRアウトプットの他にも、モニター用のAUXアウトなど様々な出力も備えています。詳しい機能と使い方については、後の章で。

 

パワーアンプとスピーカーについて〉

 パワーアンプは、ミキサーなどから入力したラインレベルの信号をさらに増幅し、スピーカーを鳴らせるほど大きな信号を作るものです。スピーカーは、電気信号を空気の振動に変換するものですね。電源のついた卓上スピーカーなどは、パワーアンプの内蔵されたパワードスピーカーというものです。(逆についていないものはパッシブスピーカーと呼びます)(スピーカーに限らず基本的に電源を必要とするものはパワード/アクティブ、必要としないものはパッシブと呼びます。)ギター用のコンボアンプとスタックアンプの違いも同じことですね。

 私のサークルの環境を例にとると、メインスピーカーはパワーアンプを必要とするパッシブスピーカー、モニタースピーカーはパワーアンプを内蔵しているパワードスピーカーとなっています。〈信号の流れを知ろう〉にて(パワーアンプを経由して)と()付きで記述をしたのは、このように場合によるからです。もっとも、スピーカーに内蔵されているか否かは異なっていても、“機能としての”パワーアンプは必ず経由するわけですが…

 

ベリンガープロセッサーでできること、エフェクトについて〉

 私のサークルでは、BehringerのDEQ2496というマルチプロセッサーを使っています。これは、ミキサーのメインアウトプットからの信号をスピーカーや会場の特性に合わせて調節するための、様々な機能がまとまった機材です。主に使われるエフェクトについて説明しておくので、違う機種やあるエフェクトの単体機を所有するサークルの方も参考にしてみてください。

 DEQ2496の詳しい操作方法は「DEQ2496 manual」で検索してPDFを読んでください!!

 

・EQ(イコライザー

 ある周波数帯域の音を大きくしたり小さくしたり(ブースト/カット)するエフェクトです。Equalizerの名が示すように、元々は映画館において部屋の音響特性を補正し、原音に限りなく近い音を届けるために開発されたエフェクトです。大きく分けて、中心周波数の固定されたイコライザーが複数並んでいる「グラフィックイコライザー(グライコ)」と、中心周波数やQ幅を自由に設定できる「パラメトリックイコライザー(パライコ)」の2種類に分かれます。

 グライコは恐らくみなさんも見たことがある、小さなフェーダーがたくさん並んでいるような形のものです。どの帯域をどのように調節したかが視覚的にわかりやすいことが、「グラフィック」の所以です。筐体に書いてある周波数はあくまで「中心周波数」であり、周辺の帯域もある程度持ち上がったり下がったりして自然な山型を描くように設計されています。

 パライコは、「中心周波数」「Q幅(山の大きさ→どれだけ中心周波数の外側にも影響を及ぼすか」「ブースト/カット量」を全て任意の値に設定できるもの(Q幅を操作できないものもパライコとは呼ぶ)です。グライコに比べ、より狙った帯域をピンポイントで突けるので、「全体のサウンドへの影響を可能な限り抑えながらハウリングを起こしている帯域だけをカットする」といった使い方が代表的です。

 

・コンプレッサー

 設定したレベルを超えた音を小さくすることで、入力音の音量差を埋めるエフェクトです。卑近な例では、「ベースの演奏やギターのアルペジオなどの粒立ちを揃えるため、強くピッキングした部分の音が潰れるようにコンプをかけた上で、全体のレベルを持ち上げることですべての音を均一なレベルに近づける」といった使い方がされますね。PAにおいても、ドラムやボーカルなどのアタック(発音時)などのピーク(瞬間的に音が大きくなること)を少し抑えることで、ハウリングを抑えながら全体のレベルを上げる(音圧を上げる、という言葉は主にこれを行うことです)、また、パワーアンプやスピーカーへの過大入力を防ぐことでクリップ(ここでは意図せず音が歪んでしまうことの意味で使います)や回路へのダメージを防止する、などの用途で使われています。

 

 続いて、コンプレッサーの主なパラメータについて説明します。

 

スレッショルド

 「このレベルを超えた音を圧縮する」というしきい値です。0dBを基準に、スレッショルドレベルが下がるほど、圧縮される音の成分が増えます。

 

・レシオ

 スレッショルドレベルを超えた音をどれだけ圧縮するかを決めるパラメータです。モデルによっては、レシオを上げ切るとスレッショルドを超えた音は一切出力されない、いわゆるリミッターの動作になりますね。

 

・アタック

 「信号がスレッショルドレベルを超えてから、レシオで指定した圧縮率に到達するまでの時間」を調節するパラメータです。PAにおけるピークのリミッティングでは、アタックタイムを長くする必要はありませんが、楽器やボーカルの音作りとしてのコンプではとても重要な要素なので、詳しく知りたい方は調べてみてください。

 

・リリース

 アタックの逆で、「一度スレッショルドレベルを超えた信号が再びスレッショルドレベルを下回ってから、コンプの圧縮がなくなるまでの時間」です。これもPAにおいてはあまり重要ではありませんが、積極的な音作りとしてのコンピングにおいては、演奏のグルーヴを左右する重要なパラメータになります。

 

 

【第2章:設営、配線、撤収について】

 それぞれの手順について、意識すべきことを示しながらまとめていきます。

 

〈設営〉

 学祭などの場合まず待っているのは、ステージ作りです。とにもかくにもステージが無いと機材を配置できないので、真っ先に行いましょう。人や機材が乗り大きな負荷がかかるので、強度の低い資材の使用や雑な固定は禁物です。

 続いてスピーカー、アンプ、ドラムセット、マイクスタンドなど、使用する機材をステージ上に配置します。並行して電源の確保を行いましょう!各アンプに行きわたるように、またステージのどの位置にいてもエフェクターに給電ができるように、使う電源タップの数と配置をよく考えましょう。

 次にPAがオペレーションを行うポジションを決め、ミキサーやパワーアンプなどを配置します。可能な限りステージの真正面にPAブースを作るようにしましょう。これは、ステージ正面から聴いてバランスの良いサウンドが、どのポジションで聴いても破綻しない最大公約数的なサウンドである場合がほとんどだからです。

 ドラムセットの組み立てには時間がかかるので、機材を会場に搬入する際はドラムから先に入れてあげると良いです。組み立てられるドラマーの確保をお忘れなく!

 

〈配線〉

 はじめに、配線の原則は「ステージの周囲や下に回して、ステージ上に出る部分を極力減らす」ことです。これは見た目や整理しやすさの問題もありますし、人に踏まれることによるケーブルの消耗や断線を防ぐためにも、非常に重要なことなので、徹底しましょう!ステージとPAブースの接続など、他の場面においても可能な限り踏まれることの少ない配線を心がけましょう。

 では実際の手順について。

 まず、設営と並行してPA機材同士の接続を済ませておくとスムーズです。ミキサーからパワーアンプ、あるいはセンドエフェクト用のラックエフェクターを接続します。前者はミキサーの「MAIN OUT」「MASTER OUT」「STEREO OUT」などの記載がある端子、後者は「AUX」と記載のある端子から、目的の機材のインプット端子へと接続します。ミキサーとマルチボックスの接続も済ませておきましょう。ボックスはステージの中央(ドラムの前後がオススメ)に置きます。

 ステージ上に機材を配置することができたら、パワーアンプとメインスピーカー/モニタースピーカーの接続を行います。LRや、モニター番号(あらかじめ決めておくとスムーズです。下手側/向かって左から1,2,3…と振っていくことが多いです、マイクについても同じく)とミキサーのAUXチャンネルとの対応に間違いのないように注意しましょう!同時進行せず、1本ずつ確かめながら接続するようにすると良いです。

 スピーカー類の接続が終わったら、一度キチンと接続できているかチェックを行います。ミキサーに適当なマイクを接続し、ミキサーやパワーアンプのボリューム操作でメインスピーカーL、メインスピーカーR、番号順にモニタースピーカー…とひとつずつ音を出していきます。ボリュームを上げたはずの場所から音が出ればOKです!(音が出ないときの対処については4章にて)

 続いてマイクとDIをマルチボックスに接続していきます。これも、ミキサーのチャンネル番号が若いものから順番に、周囲を回す原則に従って接続していきましょう。(ミキサーのチャンネルの割り振り方については後述します)

 すべて接続できたら、ミキサーを触る人の他にもう一人用意して、番号順にマイクに向かって声を出してもらいましょう。目的のチャンネルのフェーダーを上げて音が出ればOKです。DIに関しては何らかの楽器を接続してチェックできると良いです。(楽器をDIへ接続する時は必ずミキサーのチャンネルをミュートすること!)コンデンサーマイクとDIはミキサーからファンタム電源が供給されていないと動作しないので、全てのチャンネルをミュートした状態でオンにすることを忘れずに。

 全てのスピーカー、マイク、DIが正しく接続できていることが確認出来たらトップバッターのバンドをステージに上げてリハーサルを始めましょう!リハの詳細については4章にて。

 

〈ミキサーのチャンネルの決め方〉

 どのチャンネルにどの楽器を接続しているかがわからないと、本番のオペレーションに大きく支障をきたすことになります。使うミキサーに既にチャンネル構成のメモがあればほとんどの場合それに従ってもらって構いませんが、よそから借りた場合などそれではうまくいかない場合もあります(ホーン隊のためにマイクを使いたいのにそれを前提としたメモになっていない、など)。ここではチャンネルの振り分けが明快になる原則について、完全に私見ですがまとめておきます。参考になれば幸いです。

 

  • PAシートを基に必要になるマイクやDIの最大数を把握し、使うチャンネル数を決める。

 出演する各バンドからは事前にPAシートをもらっておくようにしましょう(PAシートについては4章にて)。PAシートに書かれたパート構成から、必要なマイクの本数をまとめていきます。最も複雑な構成のバンドに合わせ、使用するミキサーのチャンネル数を決定していきましょう。

 また、ミキサーのチャンネルが足りない!という時は妥協の手段を考えましょう。私が今パッと思いつくのは、「サブミキサーを使用する(小さめのミキサーを持っている部員がいれば、そのミキサーであるパートの信号をまとめたうえでメインのミキサーに入力することでチャンネル数の拡張が可能)」「ドラムを収音するマイクを減らす(タムやハイハットに個別に立てるマイクを削り、オーバーヘッドマイクだけで賄う)」「ギターアンプにマイクを立てない(レベル設定を適切に行えば、必ずしもミキサーから出力する必要はないため)」「ホーンやコーラスに、複数人で1本のマイクを共有してもらう(最後の手段)(感染対策を考えてもできるだけ避けたい)」などです。

 

  • パート毎に連続した番号をまとめて用意する。

 例えば、キック用のマイクとスネア用のマイクとオーバーヘッド用のステレオペアのマイクは1~4chにまとめておく、など。ミキサー上を「ドラムのゾーン」「ボーカルマイクのゾーン」「ギターのゾーン」「DIのゾーン」などと分割していくようなイメージです。

 

  • ミキサーの機能上の制約との兼ね合いを考える。

 一部のチャンネルにしかコンプがついていなかったり、ミドルのEQがパライコではなく2バンドのグライコになっているチャンネルがあったりと、チャンネルによって持っている機能が違うことがあります。例えば私のサークルで持っているミキサーは17~20chにしかコンプがついていないので、その4chにボーカルマイクを接続して使っています。コンプがあると便利な入力ソースの優先順位について、私は「ボーカル>キック>スネア>ベース>その他」と考えているので、環境によってご参考に。

 

  • 同じパートにおいて、PA側からみて左から若い番号のチャンネルが並ぶようにする。

 単純に「そう決めておくと混乱しないから」です。また、本番中のメンバーの入れ替わりや転換などの際に演奏者が勝手にマイクを動かして配置を崩してしまう場合があるので、転換の度にチェックしましょう。よその団体からの借り物でなければ、マイク側にもシールやガムテープなどを貼って番号を振っておけると完璧です。

 

 以上を踏まえて、ひとつの例として私のサークルで私が採用していたチャンネル構成を示しておきます。チャンネル構成を決めたら、ミキサーに養生テープなどを貼ってメモしておきましょう!

 

1.キック

2.スネア

3.ハイハット

4.ハイタム

5.ロータム

6.フロアタム

7.オーバーヘッドL

8.オーバーヘッドR

9.ベース

10.ギター

11.ギター

12.ギター

13.DI

14.DI

15.DI

16.DI

17.ボーカルマイク

18.ボーカルマイク

19.ボーカルマイク

20.ボーカルマイク

21/22.ラックエフェクター用のリターンチャンネルA(主にディレイ)

23/24.ラックエフェクター用のリターンチャンネルB(リヴァーブ)

※21/22、23/24chはライン入力専用のステレオペアチャンネル

 

 私のサークルはホーン隊もいなければコーラスの複数いる企画も少ない、でもシンセが複数いる場合や同期音源をDIから出す場合はあったりするので、このような構成にしています。ポップスやブラックミュージック(きわめて乱暴な括り方ですが便宜上のことなのでご容赦ください)なんかを演奏するサークルの場合、ギターが3本いる企画やDIを4つも使う企画はほぼ無いと考えられるので、その分マイクを増やしてホーンやコーラスに対応すると良いかもしれません。まあ、そういうサークルは大抵30chくらいあるミキサーを用意している印象ですが…

 

〈撤収〉

 すべての演奏が終了し、観客をフロアから出し終えたら、撤収のスタートです。

 まずはステージ上、及びPAブースの全ての機材の電源を切り、電源/オーディオ問わず全てのケーブルを抜ける状態を作りましょう。その後は、

 

  • ステージの解体ができるよう、ステージ上から機材やケーブルをどかす。
  • ステージを解体する。
  • ケーブルを巻き取り、種類ごとにまとめる。
  • すぐに運べる機材(スピーカーなど)に関しては手がある限り早めに動かす。運搬車の到着を待つなどの必要がある場合は、“運ぶだけ”の状態になったものを溜めておく場所を決めておく。
  • マイクやミキサーなどケースに収める必要のあるものは、ケースに収めて④に準じる。
  • 使用した部屋の清掃。
  • 荷物をまとめ、部屋を空ける。

 

 以上が基本の流れになります。時と場合によって並行できるものもありますので、手持ち無沙汰な人員が生まれないよう全体に気を配れる人がいると良いですね。

 

【第3章:ミキサーの機能について】

 

 ミキサーを触っていてわからないスイッチやつまみがあったらここを見れば解決する…はずです。気づいた範囲で網羅的にまとめました。

 

〈GAIN、PAD、ローカット〉

・GAIN

 各チャンネルの入力レベル(=チャンネルに搭載されたプリアンプの増幅率)を決めるものです。ここで各チャンネルの入力レベルを揃えることで、フェーダーのバランスと実際のバランスが一致するため、オペレーションが楽になります。また、ゲインを上げ過ぎると過大入力で信号がクリップして(歪んで/割れて)しまうので、ソロ/PFL機能(後述)を用いてしっかり管理しましょう!

 

・PAD(右の図にはありませんが…)

 GAINの手前で、信号レベルを20dBカットして小さくしてくれるものです。キックやスネアなど生音が非常に大きい入力ソースは、GAINを最小にしていてもクリップしてしまう場合があります。そのような時にはこのスイッチを使うことで、過大入力を防ぐことができます。逆に、「なんかこの音が聴こえないと思ったらPAD入ってた…」という事故が起きがちなので、注意!

 

・LOW CUT

 多くの場合、80Hz以下(稀に100Hz以下の場合もあり)の帯域をカットしてくれるスイッチです。キックやタム、ベース(シンセベースも含む)以外の入力ソースではここまでの低域は必要ないことが多く、出ていたとしてもキックやベースと被ってしまったり、或いは本来ボーカル用のマイクがキックやベースの生音を余計に拾ってしまったり…という不都合が生じます。このスイッチで不要なローをカットすることで、帯域の棲み分けをスッキリ行うことが可能になります。ギターで低音を聴かせたい場合でも、ここでカットされる帯域はベースなどに譲って120~200Hzを強調した方が、効果的な場合が多いです(多弦ギターの場合はこの限りではないかもしれないです)。

 

〈INSERT〉

 この端子にY字のフォンケーブルを接続することで、GAIN・ローカットを通過した後の信号に任意の外部エフェクターを適用することができます(キックに個別のコンプを使ったり、EQやサチュレーターをかけたり…)。正直サークルのライブで使うことはほぼ無いですが、とても便利な裏技をひとつお教えしておきます。「インサート半挿し」です。詳しい仕組みの説明は省きますが、これを行うと、フェーダーの操作に影響されない一定のレベルの信号を取り出すことができます。ライブの演奏を並行してMTRなどに録音して後でミックスしたり、任意のチャンネルの音を別のミキサーに分けてエフェクトをかけることでリアルタイムのダブ処理が可能になる(某サークルはこの方式でダブワイズを行っているようです)など、覚えておくと可能性が広がる機能なので、余裕があればぜひ。

 

〈コンプ、EQ(シェルビング、ピーキング、パライコ)〉

 コンプやEQについては既に述べたので、EQについてさらに踏み込んだ解説を付け加えておきます。グライコにもふたつの種類があり、それぞれ効果が異なるので興味がある人は覚えておきましょう!DTMにも役立ちます。

 

 シェルフ(棚)の名の通り、設定した周波数をきっかけにグラフが段を描くようなイコライザーです。ミキサーではlowとhighはシェルビングになっていて、私のサークルで持っているミキサーの例を借りると、lowでは100Hz以下、highでは10kHz以上の帯域を(ほぼ)均一にブースト/カット可能です。

 

  • ピーキング(ベル)EQ

 シェルビングに対して釣り鐘のような形を描くことからベルEQと呼ばれることもありますが、用途からピーキングEQと呼ばれるのが一般的です。設定した周波数を中心に上下の帯域を巻きこみながらブースト/カットできます。ミキサーのmidつまみは多くの場合「パラメトリックのピーキングEQ」ですね。

 

〈AUX、センドリターンとプリ/ポストフェーダーの概念について〉

 各チャンネルについているAUX(Auxiliary=予備の)アウトプットつまみは、「フェーダーによって作られるメインアウトプットとは異なるバランスのミックスを作る」ことができるものです。主に演奏者向けのモニタースピーカーから出す音のバランスを調整したり、PA側でリヴァーブなどのエフェクトをかけるために使われます。後者においては、エフェクトのかかった信号をミキサーに戻す(リターン)ことで、各チャンネルのドライな音にエフェクト音を混ぜることができます。

 

・モニターへのセンド用途

 目的のスピーカーへ接続されたAUXチャンネルのつまみを上げることで、上げた分だけそのスピーカーに目的の信号を送ることができます。(例:ボーカルの前にあるモニターに、ボーカル自身の歌の信号を返す)

 モニター用途の場合、AUXアウトから出力される信号はプリフェーダーです。プリフェーダーとは、「信号が該当チャンネルに入ってから出るまでの流れの中で、フェーダーを通過する前の状態」のことです。言い換えると、プリフェーダーの信号は「出力レベルがフェーダーでのレベル設定に影響されない」ということになります。演奏中、オーディエンスが聴いているメインミックスの中でボーカルを少し小さくしたとしても、モニターへ出力される信号のレベルは変化しないということですね。

 

・センド/リターンエフェクト用途

 ミキサーに搭載されたエフェクター、或いは外部のエフェクトユニットに接続されたAUXチャンネルのつまみを上げることで、その分だけあるチャンネルの信号にエフェクトをかけることができます。モニターと違うのは、エフェクターを通過した信号を再びミキサーにリターンすることです。エフェクトの強さは、エフェクト自体の設定に加えて、各チャンネルの信号と、エフェクターから戻ってくる信号のバランスを調整することで設定します。リターン用の端子が搭載されているミキサーもありますが、ない場合はミキサーのチャンネルをリターン用に使うことで賄います。

 センドエフェクト用途の場合、AUXチャンネルから出力される信号はポストフェーダーです。これはプリフェーダーの逆の挙動、つまり「出力レベルがフェーダーでのレベル設定に対応して変化する」ということになります。演奏中にボーカルのレベルを下げるとそれに伴ってAUXチャンネルに送られる信号も小さくなる、“そのチャンネルにおける原音とエフェクト音のバランス”は維持されるということですね。

 

 ある程度の規模のミキサーは、

・プリフェーダー固定のAUXチャンネル×2、ポストフェーダー固定のAUXチャンネル×1、プリ/ポストフェーダーの切り替えが可能なAUXチャンネル×1

・プリフェーダー固定のAUXチャンネル×2、プリ/ポストフェーダーの切り替えが可能なAUXチャンネル×2、内蔵エフェクトへのセンド用もしくは外部への出力が選択できるポストフェーダー固定のAUXチャンネル×2

という構成を採っていることが多いです。逆に言うと、もしサークルでしっかりしたミキサーを買う機会があったらこのどちらか(できれば後者)を満たすものを買うようにすると不便が無いと思います。

 

〈PAN〉

 ステレオ空間における音の定位、つまり「LのスピーカーとRのスピーカーの出力バランス」を設定するつまみです。直感的に使えると思うので、説明は省きます。

 

〈MUTE、SOLO〉

・MUTE

 「ミュートのスイッチ」である場合と「チャンネルのオン/オフスイッチ」である場合とがありますが、総じて「そのチャンネルの信号を出力するか否か」を決めるものです。ミュートの状態では、メインミックスにもAUXチャンネルにも信号は送られません。

 

・SOLO/PFL

 「PFL(Pre-Fader Listening)」という名前の場合もあります。これをオンにすると、ミキサーに接続したヘッドホンからソロがオンになっているチャンネルの音だけをプリフェーダーで聴くことができます。演奏中でも個別の音をチェックできるほか、レベルメーターも該当するチャンネルのレベルだけを示してくれるので、GAINつまみの調整にも重宝します。詳細は「オペレーションの原則について」内「リハーサル」の項にて。

 

〈フェーダー、ルーティングスイッチ〉

・フェーダー

 各チャンネルのレベル(音量)を調整するものです。これもわかりやすいと思うので省略します、上げ過ぎによるクリップにだけ注意!

 

・ルーティングスイッチ(1-2, 3-4, LR)

 各チャンネルの出口を選択するスイッチです。メインアウトとグループトラック(次項で説明)への出力をそれぞれオン/オフすることができ、すべてオフになっている場合はミュートされていなくても音が出ないので注意しましょう。

 

〈グループトラックについて〉

 メインアウトとは別に、複数のチャンネルの信号をまとめて調整することができるものです。バストラックと呼ばれることもありますね。私が行っているのは、ドラムの各キットのチャンネルをまとめたグループと、ボーカルとコーラスをまとめたグループを作ることです。(具体的には、ドラムをグループ1-2のステレオトラックへ、ボーカルとコーラスをグループ3-4のステレオトラックへ、その他のパートは直接メインアウトへルーティング)

 前者の例を用いると、これを行うことで「各チャンネルのフェーダーではキット間のバランスを、グループトラックでは“ドラム”全体のレベルを調整する」といったことが可能になります。グループトラックを理解して使えるようになれば初級編は卒業と言えるのではないでしょうか?

 

〈メインアウト、ヘッドホンアウト、トークバック〉

・メインアウト /マスターアウト

 オーディエンスに届けるメインスピーカーへ送る信号のアウトプットです。パワーアンプに送る信号のレベルを調整するものなので、これもクリップに注意しましょう。

 

・ヘッドホンアウト

 ソロスイッチの項でも触れましたが、メインアウトから出ている信号もしくは選択したチャンネルの信号をチェックするためのヘッドホンを接続する端子です。以上。

 

トークバック

 ミキサー=PAからマイクで話すための端子です。モニターにだけ出力することができ、リハ時のバンドとのコミュニケーションを円滑にし、かつオーディエンスには目立って聴かせないことができる便利なものなので、活用しましょう!

 

【第4章:オペレーションの原則について】

 

〈事前準備: PAシート〉

 欲を言えば前日、遅くとも当日朝までに、出演する各バンドの代表者にPAシートを作成してもらいましょう。PAシートには、

 

・メンバーと楽器の構成、ステージ上の配置図

・使用アンプや持込機材(キーボード、パーカッション、アコギなど)の種類と数

・MCも含めた楽曲順と、各楽曲のおおよその演奏時間

・各楽曲におけるメンバー構成(コーラスの有無やギターの本数など、曲ごとに変動するもの)(ギターの持ち換えやチューニングの変更なども)

PA側でかけるエフェクトの要望(ボーカルに深めのリヴァーブを、程度でも良いですし、「ディケイが1小節程度のホールリヴァーブと、16分以下のショートディレイ」のようにもっと細かい指定をしても良いです)

・その他全体の音像や楽器ごとのバランスに関する要望(この曲はとにかく歌を聴かせたい!や、キーボードのフレーズを目立たせたい、など、“主役”のパートを提示してもらえるとPA的に助かります)

・(環境がある場合)照明への要望

 

といった情報が書かれていることが望ましいです。少なくとも、はじめの4つに関しては必ず事前に共有してもらっておきましょう。これを怠ると、いざ本番を迎えた時にマイクが足りなかったりDIが足りなかったりケーブルが足りなかったり…ということが起きてバンドの希望に添えない可能性が出てきてしまいます。

 リハーサル、及び本番はこのシートの内容を基にオペレーションを行いましょう。そして、言及されていない部分に関してはPA自身の責任で好きなようにして構いません。(くれぐれもPAの好みではなく、楽曲やバンドに寄り添ったオペレーションを!)

 

〈リハーサル〉

 リハーサルには大きく分けて2種類あります。本番前に全てのバンドのリハーサルを行うパターン(外のライブハウスを借りた時を思い浮かべてください)と、本番中の転換と小規模なリハーサルをまとめて行う「転換リハ」のパターンです。軽音サークルが自前で行うライブはほとんどが後者だと思いますので、以下ではその想定で説明をしていきます。

 リハーサルは、各楽器のサウンドチェックと外音のバランス、並びにモニターバランスのチェックを目的としています。手順ごとに見ていきましょう。

 

 該当するパート以外の人に一度音を止めてもらい、個々の信号のゲイン設定と(この段階で必要であれば)イコライジング、仮のモニター設定を行います。

 ゲイン設定は、「該当するチャンネルをミュートし、フェーダーも最小値に設定→該当するチャンネルのソロスイッチを押してミキサーのレベルメータ―が該当するチャンネルのレベルのみを表示するようにする→音を出してもらい、音の一番大きい瞬間でレベルメーターが0dBを越えないギリギリまでゲインを上げる→ミュートを解除し、フェーダーを適切だと思われる位置まで上げる」という手順で行います。

 イコライジングは、この段階では補正的なものではなく、積極的な音作りを意図したもののみ行うと良いと思います。(各パートの被りなどはソロで鳴っている時には見えないため)具体的な例を挙げると、キックのアタック感やスネアのふくよかさなど…このあたりは経験を積む中で色々勉強してみましょう。私の経験則に基づく目安は後のセクションで残しておきますが、それを参考にする場合でもあくまで自分の耳を優先すること!

 また、例外的にこの段階で行ってしまった方が良い補正的なイコライジングがローカットです。キック、フロアタム、ベース、ベース的な役割のシンセを除くすべてのパートはローカットスイッチをオンにしてしまいましょう。これは上述したように、パート間の被りによるマスキングの防止と(ジャンルによってはギターのローを強調したい場合もあるかもしれませんが、その場合でもほとんどは100Hz以上の設定で賄った方がベースとの棲み分けの観点からも良いと思います)、不要な低域のフィードバックの防止が主な目的です。

モニター設定に関しては、手短な説明が難しいので、主な説明は次項に譲ろうと思います。

この段階では基本的に「ステージ上にアンプがない楽器を、演奏者自身が快適に聴くことができるだけモニターに返す」を行っておけば充分です。また、ドラマーのモニターにはボーカルとキーボード、ベースを返しておくのが無難ですが、その他欲しい音や要らない音についてこの段階で要望を聞いておきましょう。

 

・ドラム

キック→スネア→ハイハット→タム各種→全体の順で音をもらってチェックしていきます。キットの音量バランスや音作りの方向性はこの段階で決めてしまうつもりで。

また、サークルのライブ程度でしたらドラムの音作りを厳密に切り替える必要は必ずしもないので(要望があれば別ですが)、はじめのバンドのリハでキットの音を個別にもらって基本的な音作りを済ませてしまって以降のバンドは「全体の音だけをもらい、個人の叩き方の差を埋めるゲイン設定の見直し(特にキックとスネア)のみ行う」ことにする、という時短の方法があります。

・ベース

 スラップなど、突発的なピークが出やすい楽器なので、ゲイン設定には注意を払いましょう。音量が変わるような音色のバリエーションがあるか質問してその音もチェックしておきましょう。

 

・ギター

 エフェクターを使用することが多く、音色の変化が大きい楽器です。すべての音色をチェックする時間がない場合は(ほとんどの場合ないと思います)、「基本の音色」と「一番音が大きくなる音色」の2種類をもらってゲイン設定をしておきましょう。

 

・キーボード、アコギなどDIに入力する楽器

 ゲイン設定(音色のバリエーションなど)についてはギターに準じます。生音が存在しない楽器なので、この段階で演奏者がきちんとモニターできるよう気を配りましょう!

 

・ボーカル、木管/金管楽器、ヴァイオリンなどマイクで収音する楽器

 ゲイン設定は“曲で使う範囲で”最も大きな音量を出してもらいましょう。(本番のテンションで往々にして変動するので、本番中も気を配っておくこと)

 ボーカルやヴァイオリンの場合、生音がドラムやギターにかき消されるので、しっかりモニターシグナルを出したいところですが、マイクのゲインをむやみに上げてもボーカルより大きいギターアンプの音が入り込んでしまう…といった事象が頻繁に起こりますから、マイクの向きやアンプの配置などを見直しながら設定していきましょう。詳細は次章「よくあるトラブルの対処について」にて。

 

  • モニターのバランスチェック

 各パートの音をチェックし終えたら、実際に曲の一部を演奏してもらいましょう。30秒~1分ほどで、全てのパートが音を出すセクションが望ましいです。その後モニターに関する要望を募り、個別に対応していきます。意識しておくと良いことをまとめておきます。

 

・ギター、ベースからの「自分の音を返してほしい」には、中音(アンプの音)を上げてもらうことで対応する。

 全てのスピーカーにはキャパシティがあるので、「モニタースピーカーから出す音は最小限に」という原則を頭に入れておきましょう。無闇に色々な音を返すと被りが生じてむしろモニターしづらくなりますし、フィードバック(ハウリング)も起こりやすくなってしまいます。

 最も音量に関して融通の利かないドラムを基準に、「ドラム、ギター、ベースはモニターを使わずともステージ中央でバランスよく聴ける」状態を中音で作ってもらい、それを基準にしてその他のパートをモニタースピーカーで加えていくのが理想的です。

 

・少なくともボーカルとキーボードはステージ上の全員に届ける。

 多くの場合モニターはこれで充分です。その他場合によっては、「ホーン隊と反対側にいるギタリストにホーンを少し返す」「リズムキープしやすいようにキック或いはハイハットだけをボーカリストに返す」などの対応も考えられます。“最小限”の原則と相談しながらケースバイケースで対応しましょう。

 

・エフェクトをかけた音と、かかっていない音のどちらをモニターに返すか判断する。

 多くのミキサーでは、エフェクトのリターンチャンネルの音をモニターに返すかどうかを選択できます。モニターにリヴァーブがかかっていた方が歌いやすいという人もいますし、逆にドライなモニターが快適な人もいるので、基本的には演奏者の嗜好に従いましょう。また、個人に馴染ませるためのミックス的な用途のリヴァーブは返さない、フレーズの一部になるようなディレイは返す、モジュレーション系は演奏者の好みに応じて…という基準を持って判断しているので、いちいちヒアリングしている余裕のない時には参考にしてみてください。

 

  • 外音のバランスチェック

 こちらをモニターチェックよりも後に置いたのは、モニターバランスを調整する段階で中音のバランスが変わる可能性があるからです。モニターのバランスを確定する前でも、曲を演奏してもらっている段階で基本的なバランスは作っておきましょう。モニターバランスを整えた後はもう一度曲を演奏してもらい、再び微調整を行います。

 意識して欲しいのは「明瞭に聴こえないパートが無いこと」「ボーカルは歌詞が聴きとれるくらい大きく出すこと」の2点です。中音で良いバランスを作れていれば、あまり苦労することはありません。それらをそのまま増幅し、そこに生音の小さい楽器を足していくイメージを持っていれば事故は起きないと思います。

 サークルのライブにおける転換リハの時間では、これ以上の追い込みはなかなか難しいので、減点法的に見ておかしなところが無ければ100点だと思って大丈夫です!「より良いミックス」のためのアレコレは本番中のオペレーションについての項にて。

 

〈本番でのオペレーション〉

 いよいよ本番です。二つのシンプルな鉄則さえ守ることができれば、“公共伝達”たるPAとしてバッチリです。ここまで解説してきた内容を踏まえられていれば、きっと難しいことではありません。また、「こなす」の先まで到達したい!という人は「『より良い音』のために」にもぜひ目を通してみてください。

 

・鉄則①「絶対にクリップさせない」

 ミキサーへ入力する段階、ミキサーから外部エフェクターへ入力する段階、外部エフェクターからミキサーへ信号を戻す段階、ミキサーからプロセッサーパワーアンプへ出力する段階、パワーアンプからスピーカーへ出力する段階…とにかく機材から機材へ信号を伝達するすべてのポイントで、信号のピークが0dBに達していない=クリップ(音割れ)していないかどうか常に目を光らせておくようにしましょう。これは過大入力による機材へのダメージの防止と音質の劣化防止、そしてハウリング防止の3つの観点からです。特にレンタル品であったり他サークルの借り物である場合には、故障によるトラブルを防ぐためにも絶対に守りましょう!

 

・鉄則②「聴こえない音を生まない」

 これは「PAの不手際でミュートになっていて音が出ていませんでした!」なんていう事故は起こさないことと、明らかに他の楽器の音にマスキングされて聴こえていない音をなくすこと、の2つの意味で意識しておいてほしいことです。次章「よくあるトラブルへの対処について」で説明する原則を守り、リハーサルの項で説明した手順をしっかり踏めていれば目立った事故は起こらないはず…です。次項「『より良い音』のために」も適宜参照してもらえればと思います。

 

〈「より良い音」のために〉

 ここを理解/意識できるとより高いレベルのオペレーションができるよ、という点を、主に私の経験則からまとめておきます。ここからはこれまでにも増してフワッとした理解でどうにか書いていくので、疑問があったら各自調べてください!あと明らかな間違いがあった場合は石ではなく連絡を投げてください!

 

・被りへの対処、帯域の棲み分け

 各楽器がカバーする周波数帯域はかなり広く、何も処理をしていないと帯域の被りによるマスキング(ある音が他の音に埋もれてしまうこと)が発生し、せっかくの演奏が明瞭に聴きとれなくなってしまいます。例えばキックとベースは音量感を司る帯域がほとんど被っていますし、ギターのアタック感とボーカルの子音の明瞭さを担当する帯域も大概被っています。

 参考までに、拾い物のなかなかよくできた図を貼っておきます。(鵜吞みにせず、これを見ながら色々なセッティングを試して自分の感覚とすり合わせていきましょう)

 重要なのは、各帯域の「主役」を決めることと、多くの音に共通して適用できる帯域ごとの役割のイメージを持つことです!詳細は図の後で。

 

 では、私がオペレーションを行う際になんとなく意識している帯域ごとの役割と「主役」についてまとめてみます。精密な検証を行ったわけではなく、PAや音源のミックスを繰り返す中で積み重なった“私の感じ方”である点ご承知おきください。(ただ低域の整理の仕方については、プロの方に直接質問してお墨付きを頂いたので、少しはアテにしてもらっても良いかもしれません)

意識して欲しい原則は、「ある音を前に出したい時は、それ以外をカットする」ことです。その音が耳にまっすぐ届くのを邪魔している周りの音を整理して、通り道を作るイメージを持てると良いですね。また、同じ帯域を担当するもの同士はPANで定位をずらして単純に音の出どころを変える、という手も有効です!

 

[~30Hz→可聴域外も含む超低域]

 軽音サークルのライブのPAにおいては無視してしまって構わないと思います。少なくとも意識的にコントロールしてどうこうという場所ではないです。

主役→なし

[30~120Hz→低域の迫力]

 この辺りをブーストしていくのが、一番「低音が出ている」という感覚に影響を及ぼすと思います。

主役:キック、ベース

 まずはキックの中心帯域を決めましょう。ずっしりとしたキックが欲しいなら60~80Hzあたり、少し重心の高いタイトなキックが欲しいなら100Hzにピークを作るようにEQするとうまくいきやすいです。

 続いてベースです。キックの中心を担わせている帯域のみカットし、“キックの上下”をベースの居場所とすることが多いです。言い換えて繰り返すと、「キックの通り道を確保する」ことが重要です。4弦の音程の基音がカットする周波数と被る場合があるので、カットのし過ぎには注意!

[120~250Hz→箱鳴り感、ふくよかさ]

 スネアで試すとわかりやすいと思います。200Hzあたりをブーストすると胴鳴りが強調されたふくよかな音に、カットするとスナッピーや皮鳴りが強調されたスッキリした音になります。その他のソースでも、腰回りの太さをコントロールしたい時に触る帯域です。特にタムやベース的な役割を持つ楽器の存在感を出しやすい帯域ですね。

主役:タム類、太鼓系のパーカッション、ベース

[250~1kHz→ウワモノ・ボーカルの存在感]

 楽器やボーカルが担当する音域の基音は大体この辺りだと思います。この辺りは整理がとっても難しく、かつ場合によりすぎるので、安易に細かいことは言えませんが…入力ソースをよく聴いて、ピークをうまくずらしながら配置していけると良いですね。

主役:ボーカル、ギター、キーボード、ホーンセクションなど

[1kHz~4kHz→音の硬さ、アタック感]

 ボーカルの子音の明瞭さや、各楽器のアタック感を左右する帯域です。ギターはアンプからも音が出ていますからここはボーカルに譲ってもらうことが多いです。1~2kHz辺りをボーカルに空けてあげると、音量を上げずとも歌詞が聴きとりやすくなると思います。

 また、ベースにおいても、このあたりの倍音を強調してあげるとフレーズの輪郭が見えやすくなりボヤけた感じがなくなると思います。

 ドラムのアタックは個人的にもう少し上でコントロールすることが多いですが、例外的にスネアのアタックはここでコントロールすることが多いです。200Hzあたりと同じく、ここでアタックのピークをどこに持ってくるかでスネアのキャラクターがかなり変わってくるので、良いポイントを見つけましょう。

主役:ボーカル、ベース、ウワモノ類

[4kHz~10kHz→アタック感、ギラギラ感]

 音作りの下手なギタリストがすぐ出し過ぎる帯域。ギラッとしてカッコいい感じがするのは分かるのですが、出過ぎていると最も耳に痛い帯域なので、丁寧に取り扱いましょう。これは感覚上の話だけではなく、物理的にも耳にダメージを与えやすい帯域で、突発性難聴などを引き起こす可能性すらあるので、みなさんの耳を守るためにも大切なことです。できるだけ長い間いいバランスで音楽聴きたいじゃないですか…それと、この辺りの帯域を抑えることで音量のデカさが不快感に繋がりにくくなるので、轟音出したいバンドほどシビアに作り込みましょう。

 ハイハットのアタック感や、キック・タムのアタックの輪郭を左右する帯域でもあります。高域のアタックがしっかり聴こえることで、低域の迫力も増しますから、セットで考える習慣をつけましょう!(逆に、キックやベースをデカく出したいけど目立たせたくはない、という時はここをカットして埋もれさせるという手もありますね。)

主役:ハイハット、キック、タム、ギター、ホーン、その他アタックを聴かせたいシンセの音色など

[10kHz~16kHz→明るさ、エアー感]

 そろそろ中年以上には聴こえない帯域になってきますね…若い方でも、14kHzあたりより上になると聴こえ方に個人差が出てきます。

 シンバルやアコギ、ボーカルなどのキラキラとしたムード、明るい雰囲気を作るのにちょうどいい帯域です。逆に、中域を聴かせたいエレキギターやピアノなどは、ここをカットしてしまうことで音が前に抜けてきやすくなるかもしれません。

主役:ボーカル、シンバル類、アコギなど

[16kHz~→超高域]

 超低域と同じく、気にしなくても問題ないと思います。

主役:なし

 

・適切な音量バランスを作る

 楽曲ごとに「これはこの音を聴かせる曲!」という主役を定めましょう。それはある曲の場合はボーカルですし、またある時はギター、キーボード、あるいはリズム隊かもしれません。主役の設定は、その他の音に関しても、「主役の音に対してどのような立ち位置でいてほしいのか?」という判断の基準を与えてくれます。

 また、ヒトの耳/脳は「過剰であること」は知覚しにくいという特性を持っています。大きな音量で聴いていると、コンプをかけたように、過剰に出ている帯域を勝手に無視して聴いてしまうのです。どの音も、まずは明らかに小さいと感じる音量から始め、不足を感じなくなるまで上げていく…という手順で音量を決めていくのがオススメです。これはイコライジングにも、或いはPAではなくともプレイヤーとしての音作りにも適用できる原則です。

 

PAでかけるセンドエフェクト(特に空間系)の基本的なパラメータと扱い方

 PAでかけることの多いディレイとリヴァーブについて、基本的なパラメータを解説していきます。ディレイやリヴァーブは音の反響を疑似的に作り出す「空関系」と呼ばれるエフェクトで、ボーカルなどのソースを他の音と馴染ませる用途の他にも、ムードの演出、またはディレイの反響を含めたフレージングなど、様々な応用ができるものです。

 

[ディレイ]

 ディレイは、原音を2つのルートに分け、片方を非常に長い回路を通して遠回りさせることで遅らせた上で混ぜ合わせることで、やまびこ効果を生むエフェクトです。主に、アナログのBBD素子を用いたアナログディレイ、磁気テープに録音した音をリピートさせるテープディレイ、クリアな音質のデジタルディレイ、アナログディレイやテープディレイの音質変化を再現したタイプのデジタルディレイ、といった種類に分かれます。

・ディレイタイム

 遅延の間隔を調節するものです。

・フィードバック

 遅延した音を遅延させる回路にもう一度戻す、その量を決めるパラメータです。わかりやすく言えば「やまびこの回数」をコントロールするパラメータです。

 その他、原音(ドライ)とエフェクト音(ウェット)のバランスを決めるパラメータや、エフェクト音にかかるEQのパラメータなどが備わっていることが多いです。最も、センドリターンでの運用においてはドライ/ウェットのバランスはAUXつまみのセンド量で調節するのですが…

 

[リヴァーブ]

 リヴァーブは、非常に短いディレイを複数重ね合わせることで、ある空間における音の反響を再現するエフェクトです。トンネルや浴室で手を叩いたあの感じですね。主に、スプリング(バネ)を通すことで残響を作るスプリングリヴァーブ、大きな鉄板を用いるプレートリヴァーブ、デジタル回路で或る空間の特性を再現したルームリヴァーブやホールリヴァーブなどの種類に分かれます。

・ディケイ

 残響の長さを決めるパラメータです。残響がすぐに減衰する設定から、無限に音が広がっていくような長い残響までを、使い分けることができます。BPMと対応させて、次の音が鳴る直前に減衰するような設定で使うのが基本です。

・プリディレイ

 「原音が入力されてから残響が鳴り始めるまで」の時間をコントロールするパラメータです。ディケイ以上に空間の広さの演出に便利なので、色々な設定を試してみましょう。

 その他のパラメータはディレイと共通するので割愛します。

 

 お使いの機材によっては無いパラメータがあるかもしれませんが、その場合は内部である値に固定されていると考えましょう。開発者のチューニングを信じて!

 

・ヘッドホンでのモニターに頼りすぎない

 ヘッドホンは個々の音におけるエラーを見つけるためには便利ですが、全体のミックスバランスはあくまでも観客が聴くメインスピーカーの音を聴きながら調節すること!自己満足に陥ってはいけません。

 

・ある程度は諦める

 ここまでつらつらと書いてきましたが、結局のところPAは魔法ではありません。PAが実現できることの最大値は「ステージの演奏を不足なく観客に届ける」ことでしかないのです。ステージからいい音が出ていないと、PAもそれなりの音しか出せません。明らかに中音のバランスがおかしい、ボーカルがマイクに拾ってもらいやすいポジションで歌えていない、ギターの高域が出過ぎている、などの場合は潔く諦め、やるべきことだけこなして涼しい顔をしていましょう…PAがするのは、基本的には「加工」ではなく「整理」なので。

 そして、演奏者や観客からPAを褒めていただいた時も、「演奏が良くてこそ」という前提を忘れずに!

 

 

 

【第5章:よくあるトラブルへの対処】

 

 よく遭遇するトラブルについてまとめていきます。

 

ハウリングを起こさないために〉

 PAが最も頭を悩まされるのがハウリング、またの名をフィードバックノイズです。

 

フィードバックループの理解

 まずは、ハウリングとはいったい何なのか理解しましょう。ハウリングとは、「マイクに入力されアンプで増幅されスピーカーから出た音をマイクが再び拾ってしまい、増幅と収音が無限に繰り返される(フィードバック)こと」を指します。まずはこの原理を知ることが、対策への第一歩です。

 

・マイクの指向性とアンプ/スピーカーの置き方

 マイクには「指向性」というものがあります。これは簡単に言うと「ある方向からの音は敏感に拾い、それ以外の方向からの音は拾わない」というもので、様々な種類があるのですが、ボーカルや楽器用のマイクはほぼ全てが単一指向性(カーディオイド)です。

 以上から、ハウリング防止のためには「マイクの指向が向いている方向にスピーカーを置かない」という大原則が導かれます。

 モニタースピーカーから出た音をマイクが拾わないように、スピーカーの配置には気をつけましょう。メインスピーカーも、演者から見てマイクやモニターよりも前面に配置するようにします。

 また、マイクのグリル部分(先端の網状の部分)を持つと不機嫌になるPAに会ったことがあるかもしれませんが、それはグリル部分を持つとマイクの指向性に変化が生じてフィードバックのコントロールができなくなる場合があるからです。ボーカリスト諸氏は注意!

 

ハウリングしやすい帯域をあらかじめ特定してEQでカット

 部屋やマイクやその他の機材の特性によって、フィードバックしやすい帯域というものが存在します。敢えて一度フィードバックを発生させることでその部屋のフィードバックしやすい帯域を特定し、あらかじめEQでカットしておく…という対策も非常に有効です。

 手順は、

  • あるチャンネルのレベルをフィードバックが発生するまでゆっくり上げる。
  • ミドルのパライコをカット状態にした状態でフリーケンシー(周波数)を動かし、フィードバックが減衰するポイントを探す。
  • その帯域を必要量カットする。

というシンプルなものです。③のカットを個々のチャンネルで行うと音作りのためのイコライジングが不自由になってしまうので、欲を言えばミキサーのメインアウトプットとパワーアンプの間に外部のEQを繋ぎ、全体の音を一気に調節できるのがベターです。

 この手順を自動で行ってくれる「フィードバックデストロイヤー」という機材もあるので、導入してみるのも手です。

 さらに踏み込むと、その部屋の特性そのものの改善も選択肢のひとつです。壁/天井に吸音材や布を張って音の反響を減らす、アンプやスピーカーの配置、向きを見直すことで定在波を減らすなど…これはかなり難しいことなので、もしできそうだと思ったら色々調べて挑戦してみてください、という程度に。

 

 ハウリングの原理を正しく理解できていれば、そして原因となっているマイクや帯域を正しく特定できれば、対策はそれほど困難なものではありません!単純に大きな音を出し過ぎないことも含めて、色々考えて判断しましょう。

 

〈音が出ないときは〉

 ただしく接続できているはずなのに音が出ない…そんな時は落ち着いて、可能性のある原因をひとつずつ検証し、潰していきましょう。急がば回れ

 

・入口から出口へ

 問題のあるチャンネルにおいて、マイク→ケーブル→マルチボックス→ミキサー→パワーアンプ→スピーカー…という流れの入口から順番に見ていく、という原則を頭に入れておきましょう!

 

・条件をひとつずつ変えて原因を特定(「どこまでは正常か」を確かめる)

 まず、「ミキサーのチャンネルに音は入力されているか」を確認します。当該チャンネルのソロスイッチを入れ、信号が来ていれば音が出ない原因はミキサー→スピーカーのどこか(そして他のチャンネルから音が出ているのであれば間違いなくミキサーの設定ミスでしょう)にあり、信号が来なければマイク→ミキサーのどこかに原因があります。

 

 チェックリストです!主な原因はほぼ網羅していると思います。繋ぎ変えて検証する時は、次の要素を変える前に一度元の状態に復帰させること。(変数をひとつにすること)

[ミキサーに信号が来ている時]

・GAINは十分上がっていますか?PADは入っていませんか?(信号を極端に小さくしていませんか?)

・ミュートスイッチは入っていませんか?

・フェーダーは上がっていますか?

・ルーティングスイッチは押されていますか?(このパターンすごく多いです。各チャンネルで音の出口をきちんと指定してあげましょう)

 

[ミキサーに信号が来ていない時]

・スイッチがついている場合、マイクのスイッチはオンになっていますか?

・マイクだけを正常に使えているチャンネルのものと繋ぎ変えてみる。(これで音が出たらマイクの故障)

・マイク→マルチボックスのケーブルを変えてみる。(これで音が出たらケーブルの故障)

マルチボックス内の違う番号に入力し、その番号の端子をミキサーに接続してみる。(これで音が出たらマルチボックスの当該チャンネルの故障)

・ミキサーの違うチャンネルに入力してみる。(これで音が出たらミキサーの当該チャンネルの故障)

[ミキサーまでは正常だけど、スピーカーから音が出ない]

・接続は正しくできていますか?(違う端子にケーブルを挿していたりしませんか?)

パワーアンプの違うチャンネル(生きていることを確認できているもの)から繋いでみる。

・違うケーブル(生き(略))を使って繋いでみる。

・当該スピーカーに繋がっているパワーアンプのチャンネルとケーブルをそのまま他のスピーカーに繋いでみる。(上2つでダメで、かつこれで音がでた場合、残念ながらスピーカーがご臨終なさっています…)

 

・ケーブルやマイクは交換できるよう多めに用意する

 見出しの通りです。備えあれば憂いなし。

 

 憶測で色々やってみるのではなく、まずは原因を正しく把握することに努めましょう。信号の入口から出口に向かって、1箇所ずつエラーが無いか確かめていけば、必ず答えは見つかるはずです!

 

【おわりに】

 

 長い長い文章にお付き合いくださって、ありがとうございます。表記揺れが無いように、文章の階層の設定や色付けの仕方に揺れが無いように、固有名詞の間違いが無いように、気を付けて書いたつもりですが、もし明らかな誤りを発見した人がいたら連絡ください。

 

 この引継ぎは最低限の運用方法を理解してもらうことと共に、PAや音響に関する知識の枠組みを提示することを目標に書かれています。漠然と「PAってよくわからない…」と思っていたあなたの疑問が、これを読んだ後は「○○がよくわからない…」と、Googleの検索窓になんて打ち込むべきワードが具体的に浮かぶようになっていてくれれば…と。

 

 高校時代から積み重ねてきた知識と経験の集大成としてこれを残せていること、そして共有できる場があることに、大きな手応えを感じています。少しでも皆さんの力になれれば嬉しいです。

 

 それでは、みなさんの音楽体験が、いつでも豊かなものでありますように。